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幼児の経験世界 規範性あるいは道徳の基礎

ポケットに手を入れて歩いたら、2歳の娘に注意されてしまった。やるなぁ。あるときは、公園で遊ぶ小学生に、「あぶないからだめ!」とかなんとか。

これは、保育園の先生に負うところが大きい。集団生活の中でキチンと躾けてもらっているからだ。言われたことを繰り返している、と解釈もできるが、それなりに規範が内面化されてもいるのだろう。自我はすでに明確にあるが、そろそろ超自我もできてきた、ともいえる。

叱ることを含め、ただ罰を与えているだけではこうはならないはずだ。その場合、監視の目をすりぬけ、陰でいろいろ好き放題しでかすことになろう。

怖いだけでなく、権威ある大人の存在があってこそ、子どもはその人から規範を学ぶ。権威とは、とても微妙な社会的事象である。力だけの権力でもない。

今の世の中、とにかく体罰はいけない、といわれるわけだけれど、もう少し考えてみよう。あらかじめ権威が確立していれば、体罰を使う必要はない。使ったとしても、一時の効果しかないので、だんだん過剰となり虐待となる。

また、上下のある愛情がそこにはある。子どもの視点に立つことは大切だけど、同次元では話にならない。嫌われたくない、評価される「いい子でありたい」と子どもが望んでいるうちに行動の基準が内面化されていくのだろう。そのためには、相当期間の安定した関係が必要でもあるはずだ。現実問題として、不安定な家庭環境は要注意である。

いずれ小ずるくなって、大人社会の裏側を知ることにもなろうけど、そんなことは後からでいい。大人をナメル前に、基本的な規範性をガッチリ、インプットできればいいのだ。そのうち、自分なりにローカライズするだろう。

多分このあたり、ある種の人格障害、反社会性人格障害など典型だろうが、こういった症例の発症に関連するように思う。

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