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心のバックヤード(backyard) アイルランドの夏のできごと

アイルランド、ミース県ロングウッド村でのできごと。小さな商店を営む家族から夕食に招かれた。お譲さんが裏庭(バックヤード)を見せてくれた。

小さな庭だ。初夏のアイルランド、夕暮れ時。花々の盛りの季節。数種類の花があった。青いアイリス(日本産か)の群れが印象的だった。ニワトリ小屋でコッコ、コッコとニワトリたちが盛んにエサをついばんでいる。(夕食のチキン料理はここから来たか?少なくとも朝食の卵は調達できる)平和で心の落ち着く小空間。遠くには緑の平原が、夕日の中でオレンジ色にかすんでいる。

バックヤードって資材置き場、倉庫置き場など実用的な意味もあるが、こういった裏庭そのものもバックヤードだ。

表からは全くわからない。商店だから、公道には実用重視の仕事場を提示、しかし、裏庭には、家族重視のプライベートな空間が備えられている。こういった区分けは日本にはあまりなさそうだ。けど、いい。公私の区別が明快だ。

もう少し抽象的に考えてみる。最近、日本でも、ワークライフバランスの重要性が取り上げられているが、空間的な意味では、このような家屋の設計もワークライフバランスの例といえるだろう。

スピリチュアル的に、バックヤードの観念を拡張できないだろうか、と僕は考えている。こういった不況の中、グローバリズムとかなんとか、やたらに効率重視に向かっている。生産性とは、公の基準。これが、僕たちの心を侵食しているようなことはないだろうか。人間を有用性において判断することも必要だが(立派な経営者ならなおさら)、それがすべてではない。

追い詰められた?派遣労働者が秋葉原で無差別殺人、最近死刑判決があった例だ。犯罪心理学、刑事司法から切り口を考えてみてもいいが、こういった事件の背景は、バックヤードの喪失という観点から考えてもいいいだろう。

この場合バックヤードとは、単なる私的領域ではなく、素のままの自分が当然に受け入れられることが保証された、「社会的場」のことである。

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