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トイレの神様のこと その4 パワースポット

パワースポットは家の中にもある。いや、あったというべきか。その一つはトイレである。

一人でくつろぐ癒しの空間である。今でもそうだ。けれど、昔なら、つまりくみ取り式ならもっとパワーがあった。だから、神様が想定された。

由緒ある神社、深山の泉なんて美的なものではないけれど、そこはこの世のものではない世界が、穴の下に広がっていた。異界への通路、これがパワースポットの要点である。

昔の学校には、現在の水洗式への移行段階のトイレがあった。落ちたものが、集積され流れていく大きな水路、空間がそこにあった。トイレの怪談の舞台でもあった。

薄暗闇の中で、水音がする、、、何かがいそう、そう感じさせる不思議な世界である。実際、変質者が隠れていた例もあったそうだ。

十数年前、東北のユースホステルに泊まった際、このタイプのトイレがあった。今は残っていないだろう。すばらしい発見であった。

この段階になると、聖なる場所というより、妖しい場所になってくる。神様が落ちぶれて妖怪、幽霊の類に変容してしまう。

聖なるものの変容、このモチーフはかなり普遍的なものなので、いろいろ参考になる。アイルランドの妖精が元はケルトの神々や天使だったりする話とつながる。

今、トイレの神様はほとんど絶滅してしまった。つまり衛生的なトイレが普及したわけだが、トイレ掃除の意義が廃れたわけではない。

衛生観念、これは近代化を語るうえでとても重要なキーワードだ。もう一つ加えれば、空間の感覚。

これはすごく抽象的な問題だけれども、近代的な発想では空間はどこも均一ってことになる。この世に特別な場所などないってことだ。けれど、家の中でさえ、少し昔には、特別な場所がいくつかあった。トイレもその一つなんだよね。

最近、パワースポットに興味のある人が増えているそうだけれど、これはその反動みたいなものだと僕は思う。

「精神の生態学」なんてものを想定してみたらおもしろい。昔の人は、豊かな精神的生態系の中で暮らしていたはずだ。生活空間の中に、いろいろなスピリチュアルな存在を布置していたわけ。この感覚、「遠野物語」をよく読めば、よくわかる。家の中も外も、特別な場所だらけだ。

いやいや、情報端末なんて意外にその類とか、、いずれ考察してみよう。

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コメント

遠野物語を読みました。

以前、岩手の遠野市で災害ボランティアをしてきた際に、遠野の観光もしてきました。自然も綺麗で、人も穏やかでとてもいいところですね。
何かに守られているような、神がいる場所だと心から感じました。
スピリチュアルで、心が浄化されたように感じました。

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