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日本の文化 博物学的思考法

うちの娘が保育園で散歩に行った。いろいろな落ち葉を収集して、「パパに見せる」と言ったとか。そのうち、自分で図鑑を調べてくれることを期待しよう。

で、本題。かつてある言語学者が来日して、日本の大学で講演した。その中で、未知の言語をどうやって学ぶかを実演しようとした。彼は、日本語を全く知らない、、、

彼は、大きな木の葉と小さな木の葉を学生に見せ、反応を得ようとする。つまり、二つの対照を比較し、同一の「葉」という言葉、形容詞としての「大きい」「小さい」を抽出しようとしたわけだ。

しかし、この目論見は失敗だった。学生はズバリ、種類の名前で答えてしまった。サツキと柿という具合に。これでは、形容詞が出てこない。

これはかなり昔の話なので、今の学生がどれほど身近な植物の名前を知っているのか、疑問である。今なら、言語学者の目論見が成功する可能性は高いだろう。

サムライネタで日本の文化を語るより、植物への感受性を語った方が(インパクトは少ないが)、より本質的だと僕は思う。

幕末のイギリス人が驚愕したことの一つが、日本の園芸文化である。当時の大英帝国は、世界中から植物をかき集め、大きな園芸マーケットを作っていたが、種類と規模において日本のそれは全く遜色なかった。

かつ、下層庶民まで、園芸を楽しむ点においては、イギリスを凌駕していたといってもいい。いわゆるプラントハンターたちはこの点を注目している。

さらに、植物の知識は詩歌の伝統にリンクすることを考慮すれば、世界史的圧巻かも知れない。

この文化、もっと見直してもらいたいね。

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