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トイレの神様のこと その3 竈(かまど)神もいる

昔の日本の民家には、トイレ(厠)神のほか、竈神も水神もいた。もちろん名のある正規の神様なら神棚に祭る。水神は、家の中というより、井戸だけど。

竈、すなわち火があって、調理をする場所だから命の営みに直結している。水源もそうだ。人類普遍の感覚として、火とは、神聖なものだ。火を使えるようになったから、人間はただの動物ではなくなった。

ギリシャ神話のプロメテウスなんて、神々から火を盗んで、人類に届けてくれた。おかげで、彼はひどい目にあう。本来、火は神様領域にあるべきってことだ。

西洋=一神教の世界、これが通説だが、中世以前は竈を神聖なものとする発想があったらしい。とりあえず一神教だから、マトモに神様扱いするわけにもいかないが、スピリチュアルな何かがいるくらいの認識だろう。

その痕跡は、あのシンデレラ。別名灰かぶり姫。彼女は飯炊き奴隷みたいなものだったが、竈の灰をかぶりながらマジメに働いていた。だから、魔法使いというか、妖精というか、スピリチュアルな者たち(竈神に相当)の助けを得ることができた。

マジメにトイレ掃除をすると、器量の良い子に恵まれるとかって発想と基本的に同じである。

しかし、大きな違いは、トイレに位置づけだ。西洋の文化はトイレに無関心に見える。トイレがあるだけでもいいってくらいだ。

日本の江戸時代、ヨーロッパの都市では、おまるに用足しをして、窓から捨てるなんてことを平気でしていた。あのベルサイユ宮殿だって、トイレがろくにない。貴族たちは、庭で適当に、用を足していたそうだ(なんと野蛮ではないか)。

この点、日本では全く異なる。それはウルトラ・エコ文化である。とにかく出したものを無駄にしない。都市部で集めて、周辺の農地で肥料にする。江戸規模になると、一大産業に等しい。今のゴミ収集のように、一軒一軒あつめて運ぶわけだ。多分、江戸の景観の一つでもあったろう。オマケに基本は有料。出す側でなく、集める側が払う。

自然の恵みを受け入れるのが竈なら、自然にお返しするのがトイレ。大自然と接点になる場所に、神様くらいいてもおかしくない。

この点、西洋の文化は、自然に対し収奪的といってもいいだろう。けど、今の日本は大差なし。

さらに続く、、、

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