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トイレの神様のこと その2 掃除の意義

なぜトイレなのか?日常感覚からすれば、一番掃除がいやな場所がトイレ。トイレの掃除がキチンとできていれば、他の場所もしっかり掃除できている。そう考えれば自然だ。

だから神様がいると考えれば、トイレをいい加減にできない。したがって、家事全般もうまくいくだろう。だから伝承された生活の智恵でもある。

また、日本の伝統的な考えには、掃除=精神修行って発想がある。仏教、特に禅宗だけれども、生活上の労働はすべて修行の一環とされている。作務とよばれているものだ。神道でも、清浄さがとても大切だ。朝の神社のイメージは境内の掃除じゃないだろうか。

経営コンサルタントも、社内清掃をとても強調する人がいるし、こういった実践の方が、小難しい経営理論よりずっと効果的って話もある。ドラッカー先生もびっくりだ。

ある経営者グループが、経営の刷新を図るため、それぞれの事業所訪問会をしているそうだ。彼らの手順に従えば、まずトイレを見る。汚れているなら、経営者自身に掃除をさせる。そこまですれば、一般社員にも強烈なインパクトがあるだろうね。

日本の学校は掃除が大好きだ。意外なことだけれど、世界基準でみれば、教育上、特段の配慮がなされている。海外では、生徒に掃除を任せない方が普通じゃないかな。

おまけに刑務所、日本の刑務所は海外のそれに比べ掃除の点ではほとんど異常である。受刑者に徹底してやらせている。

清潔さが風紀に影響すると考えられているらしいが、一種の修行の場みたいな理念が明治時代から続いているのだと思う。ドイツに長くいた人が、日本の刑務所は禅寺の延長みたいなものと言っていたが、的を得ていると思う。

古い刑務所の文献をみると、もっと深いところが見えてくる。刑務作業の一つとして、便捨夫ってカテゴリーがある。水洗ではなかった時代の話だ。

つまり、トイレのくみ取り自体が独自の作業に位置づけられていたわけ。こんなこと海外では絶対ないだろう。

トイレで神様を語るなら、やはりくみ取りがキーワードだ。この点は次回に、、、

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