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日本思想史について

忘年会の季節、昨夜は歴史談義で盛り上がった。主役は公務員幹部退職組。おじさんというか、高齢者といってもいい。

こういう人たちは、意外に歴史に詳しい。細かい人名まですらすら出てくる。お相手するには手ごわい相手である。

しかし、雑学的。つまり、包括的なビジョンがない。歴史上のできごと、人物をマクロな文脈の中で関連づけているわけではない。

僕のブログの中、日本思想史のカテゴリーは、歴史ビジョン作りを念頭に置いている。その意味でお役に立てたらうれしい。

学校で習う公教育上の歴史とは、過去の事実の集積というより、現在の国家的価値観から整理され、解釈された歴史である。だから裏を読もうとすればいくらでも読める。

歴史を学ぶこと、それは教養の分野であるけれども、本当の歴史の教養とは、過去を斟酌し、今の自分が何者であるかを知っていることでもある。

これは現実生活上、参考になることも多い。たとえば、今流行りの「サムライ」的な生き方とはどんなものだろうか、グローバル化(実に迷惑なことだ)にどうやって関わるか、こんな問いに答えるために必要になる。

企業の人材教育に、「教養」が取り入れられるようになってきたと聞く。特に海外勤務の場合、日本人であるお前は何者?ってことが重要になったからだ。もちろん、歴史観が問われる。

そういえば、昨夜、毛唐がどうのこうの、幕末の攘夷派みたいなことを言っているおじさんがいた。が、このおじさん、立派に!スーツ(背広)を着ている。

背広って語源はセビロー、仕立て屋が多いことで名高いロンドンの地名のはず。日本製ならいいってか?いや、あれは中国製かも。

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