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2010年12月

幼児の経験世界 驚きの体験(新年に備えて)

もう一年たった!なんて嘆いているとすぐに老化してしまう。それは、経験世界にサプライズがないから。

R.D.レインが言っている。「大人は子どもによって成長できる」。思うに、(精神的に)年をとるということは、知的に驚く体験をしないで済む術をいつの間にか身に着けていることもあるだろう。これじゃ成長が止まる。目新しいことを取り入れる回路を開いておく、意識的な努力が必要だ。

だから、子どもの驚きにも素直に共有することが望ましい。

どこで覚えたのか、「なんてすばらしいこと!」、この言い回しをうちの娘がよく使うようになった。2歳になってから、言葉が爆発的に増えてきたので、混沌とした経験世界がシャープに見えてきたのではないだろうか。

言葉を覚え始めた幼児にとって、月の満ち欠け、路傍の草の穂、街角で見つけたお馴染みのキャラクター、ポケットの中から再発見したどんぐり、つまり森羅万象がサプライズネタである。

かといって、子どもに退行すればいいってわけでもないが、新しい言葉を積極的に覚えていくだけでもいいことだろう。

やはり経験というものは、言葉の体系から心に届くものである。大人になるほどそうだ。単語カードを作ってみてもいいけれど、スキーム、体系重視なら教養書ってのは結構いい。

つまり、大人的実利から離れて世界を見てみる、世界の見方をあえて変えてみる。大人が子どもから学ぶことがあるとしたら、この知的態度。

行きづまった人が、壁をブレイクする機会とか、新しいビジネスのアイデア、すごい発見なんて、これらは忘れてしまっていた子ども心の再確認がそのベースにあると思う。

トイレの神様のこと その5 サンタクロース

サンタクロースは、いわば冬の来訪神。彼は、煙突から訪問する。キリスト教文化から考えてはよくわからない。というか、元来別物と考えた方がいい。聖人であるセント・ニコラスは、長い年月のうちに特定宗教を超越した来訪神になったわけ。日本のナマハゲもその類。

彼は、チワー、サンタです、お届けものがあります、なんて玄関から入ってこない。なぜ煙突かといえば、その下に暖炉があるからだ。

火とは、民俗学的にいえば、宇宙(コスモス)と、民家(小さなコスモス)をつなぐ接点である。この関連はこのシリーズの最初に書いた。

日本的にいえば、暖炉が神の依代(よりしろ)ということになろう。暖炉を、特別な力の媒介と考える発想はハリー・ポッターの話の中にもある。逃亡中のシリウス・ブラックが、ハリーと連絡を取り合うのも、暖炉であった。この方法、魔法使いとしては、理にかなっている。

植村花菜のおばあちゃんが、ヨーロッパ人だったら、トイレ掃除の代わりに、煙突掃除を勧めたかも知れない。これも難儀なことだから、ご利益は間違いない。掃除しないと、サンタクロースに失礼じゃないか。

クリスマスも近づいた。家に煙突のある人は、率先して掃除しよう。ない?それは残念だ(うちもだけれど)。オマケに最近は、オール電化とかで台所にも火が消えてしまった。これは民俗学的に蛮行である。北京原人より野蛮かも。人類発祥以来の伝統だよ。

できれば、新年までに大掃除くらいしよう。家を汚くしていると、よい歳神様が来てくれないよ、と考えるのが日本の伝統。

まずはクリスマス。信徒は別として、教会のミサに行かなくても、ケーキにロウソクくらい点してみよう。みんなで輪になって、身近に生の火を見ると、とても心が清浄になるものだ。何万年の間、どんなに過酷な時代だって、人類はみな、こうやって夜をすごしてきたんだ。

では、皆さん。良いクリスマスを!

幽霊事件と呪符

明るいクリスマスネタを書こうと思っていたが、事件があったので書く。都内のとある医療機関で、幽霊事件が発生したそうだ。

婦人科処置室に出るって、水子系か。見える人は一人だけだが、肩が妙に重くなるスタッフが幾人かいるそうだ。この筋書き、ありがちな展開である。また、集団ヒステリーのニュアンスもある。

もう一つ突っ込みを入れるとすれば、水子が祟るから供養するって文化、これはかなり新しいものだと思う。お寺の新ビジネスみたいなものではなかろうか。

面白いのは、スタッフに呪符が配られたことだ(スタッフはおふだと呼んでいる)。手際のよさがすばらしい。これって、会計上、福利厚生費か。

さっそく、呪符を確認できた。厚紙にそれらしい象徴が印刷されている。どっから手に入れるのだろう。ネット上にショップでもあったりして。手軽にプリントアウトされたものではないらしい。

そのコンテンツだが、宿曜(呪術上の星座)と、文字の集まりで作った大きな文字(みたいなもの)が施されている。一応様式に沿ったものだろうが、陰陽道、修験道、また密教でも似たようなものを使う。僕の知識では、どれだか判別がつかない。これは残念。もっと象徴体系が見えるといいのだけど。

医療機関といえば、庶民にとって科学の先端である。しかし、こってり土俗的な呪術も入り込んでいる。なかなかのミスマッチである。

多くの人の場合でも、科学と呪術は整合するわけでなく、それぞれにセグメント化されて、受け入れられているのではないか。つくづくそう思った次第。

トイレの神様のこと その4 パワースポット

パワースポットは家の中にもある。いや、あったというべきか。その一つはトイレである。

一人でくつろぐ癒しの空間である。今でもそうだ。けれど、昔なら、つまりくみ取り式ならもっとパワーがあった。だから、神様が想定された。

由緒ある神社、深山の泉なんて美的なものではないけれど、そこはこの世のものではない世界が、穴の下に広がっていた。異界への通路、これがパワースポットの要点である。

昔の学校には、現在の水洗式への移行段階のトイレがあった。落ちたものが、集積され流れていく大きな水路、空間がそこにあった。トイレの怪談の舞台でもあった。

薄暗闇の中で、水音がする、、、何かがいそう、そう感じさせる不思議な世界である。実際、変質者が隠れていた例もあったそうだ。

十数年前、東北のユースホステルに泊まった際、このタイプのトイレがあった。今は残っていないだろう。すばらしい発見であった。

この段階になると、聖なる場所というより、妖しい場所になってくる。神様が落ちぶれて妖怪、幽霊の類に変容してしまう。

聖なるものの変容、このモチーフはかなり普遍的なものなので、いろいろ参考になる。アイルランドの妖精が元はケルトの神々や天使だったりする話とつながる。

今、トイレの神様はほとんど絶滅してしまった。つまり衛生的なトイレが普及したわけだが、トイレ掃除の意義が廃れたわけではない。

衛生観念、これは近代化を語るうえでとても重要なキーワードだ。もう一つ加えれば、空間の感覚。

これはすごく抽象的な問題だけれども、近代的な発想では空間はどこも均一ってことになる。この世に特別な場所などないってことだ。けれど、家の中でさえ、少し昔には、特別な場所がいくつかあった。トイレもその一つなんだよね。

最近、パワースポットに興味のある人が増えているそうだけれど、これはその反動みたいなものだと僕は思う。

「精神の生態学」なんてものを想定してみたらおもしろい。昔の人は、豊かな精神的生態系の中で暮らしていたはずだ。生活空間の中に、いろいろなスピリチュアルな存在を布置していたわけ。この感覚、「遠野物語」をよく読めば、よくわかる。家の中も外も、特別な場所だらけだ。

いやいや、情報端末なんて意外にその類とか、、いずれ考察してみよう。

トイレの神様のこと その3 竈(かまど)神もいる

昔の日本の民家には、トイレ(厠)神のほか、竈神も水神もいた。もちろん名のある正規の神様なら神棚に祭る。水神は、家の中というより、井戸だけど。

竈、すなわち火があって、調理をする場所だから命の営みに直結している。水源もそうだ。人類普遍の感覚として、火とは、神聖なものだ。火を使えるようになったから、人間はただの動物ではなくなった。

ギリシャ神話のプロメテウスなんて、神々から火を盗んで、人類に届けてくれた。おかげで、彼はひどい目にあう。本来、火は神様領域にあるべきってことだ。

西洋=一神教の世界、これが通説だが、中世以前は竈を神聖なものとする発想があったらしい。とりあえず一神教だから、マトモに神様扱いするわけにもいかないが、スピリチュアルな何かがいるくらいの認識だろう。

その痕跡は、あのシンデレラ。別名灰かぶり姫。彼女は飯炊き奴隷みたいなものだったが、竈の灰をかぶりながらマジメに働いていた。だから、魔法使いというか、妖精というか、スピリチュアルな者たち(竈神に相当)の助けを得ることができた。

マジメにトイレ掃除をすると、器量の良い子に恵まれるとかって発想と基本的に同じである。

しかし、大きな違いは、トイレに位置づけだ。西洋の文化はトイレに無関心に見える。トイレがあるだけでもいいってくらいだ。

日本の江戸時代、ヨーロッパの都市では、おまるに用足しをして、窓から捨てるなんてことを平気でしていた。あのベルサイユ宮殿だって、トイレがろくにない。貴族たちは、庭で適当に、用を足していたそうだ(なんと野蛮ではないか)。

この点、日本では全く異なる。それはウルトラ・エコ文化である。とにかく出したものを無駄にしない。都市部で集めて、周辺の農地で肥料にする。江戸規模になると、一大産業に等しい。今のゴミ収集のように、一軒一軒あつめて運ぶわけだ。多分、江戸の景観の一つでもあったろう。オマケに基本は有料。出す側でなく、集める側が払う。

自然の恵みを受け入れるのが竈なら、自然にお返しするのがトイレ。大自然と接点になる場所に、神様くらいいてもおかしくない。

この点、西洋の文化は、自然に対し収奪的といってもいいだろう。けど、今の日本は大差なし。

さらに続く、、、

トイレの神様のこと その2 掃除の意義

なぜトイレなのか?日常感覚からすれば、一番掃除がいやな場所がトイレ。トイレの掃除がキチンとできていれば、他の場所もしっかり掃除できている。そう考えれば自然だ。

だから神様がいると考えれば、トイレをいい加減にできない。したがって、家事全般もうまくいくだろう。だから伝承された生活の智恵でもある。

また、日本の伝統的な考えには、掃除=精神修行って発想がある。仏教、特に禅宗だけれども、生活上の労働はすべて修行の一環とされている。作務とよばれているものだ。神道でも、清浄さがとても大切だ。朝の神社のイメージは境内の掃除じゃないだろうか。

経営コンサルタントも、社内清掃をとても強調する人がいるし、こういった実践の方が、小難しい経営理論よりずっと効果的って話もある。ドラッカー先生もびっくりだ。

ある経営者グループが、経営の刷新を図るため、それぞれの事業所訪問会をしているそうだ。彼らの手順に従えば、まずトイレを見る。汚れているなら、経営者自身に掃除をさせる。そこまですれば、一般社員にも強烈なインパクトがあるだろうね。

日本の学校は掃除が大好きだ。意外なことだけれど、世界基準でみれば、教育上、特段の配慮がなされている。海外では、生徒に掃除を任せない方が普通じゃないかな。

おまけに刑務所、日本の刑務所は海外のそれに比べ掃除の点ではほとんど異常である。受刑者に徹底してやらせている。

清潔さが風紀に影響すると考えられているらしいが、一種の修行の場みたいな理念が明治時代から続いているのだと思う。ドイツに長くいた人が、日本の刑務所は禅寺の延長みたいなものと言っていたが、的を得ていると思う。

古い刑務所の文献をみると、もっと深いところが見えてくる。刑務作業の一つとして、便捨夫ってカテゴリーがある。水洗ではなかった時代の話だ。

つまり、トイレのくみ取り自体が独自の作業に位置づけられていたわけ。こんなこと海外では絶対ないだろう。

トイレで神様を語るなら、やはりくみ取りがキーワードだ。この点は次回に、、、

トイレの神様のこと 植村花菜は偉い!

伝統的に、日本の民家にはいろいろな神様がいた。ほとんど忘れられているけれど。植村花菜はよくぞ「トイレの神様」を歌ってくれた。

民俗学的にいえば、「便所まいり」の習慣が日本各地にあったらしい。基本は、生まれた子どもを「便所神」にお参りさせるというもの。さらに、近所の便所も7箇所お参りするのが丁寧な方法。

この家に家族が増えました、これからすくすく育ってほしいので見守ってください、って挨拶とお願いをするわけだ。また、妊婦が便所掃除をマジメにすると、器量の良い子が生まれる伝承もある。

植村花菜のおばあちゃんは、この伝承に沿った別バージョンの話を伝えてくれた。まったく正統な民間伝承である。

なぜトイレに神様がいるのか、これはとても深い意味がありそうだ。日本の文化の根幹にも関わっている。

次回に続く、、、

日本の文化 博物学的思考法

うちの娘が保育園で散歩に行った。いろいろな落ち葉を収集して、「パパに見せる」と言ったとか。そのうち、自分で図鑑を調べてくれることを期待しよう。

で、本題。かつてある言語学者が来日して、日本の大学で講演した。その中で、未知の言語をどうやって学ぶかを実演しようとした。彼は、日本語を全く知らない、、、

彼は、大きな木の葉と小さな木の葉を学生に見せ、反応を得ようとする。つまり、二つの対照を比較し、同一の「葉」という言葉、形容詞としての「大きい」「小さい」を抽出しようとしたわけだ。

しかし、この目論見は失敗だった。学生はズバリ、種類の名前で答えてしまった。サツキと柿という具合に。これでは、形容詞が出てこない。

これはかなり昔の話なので、今の学生がどれほど身近な植物の名前を知っているのか、疑問である。今なら、言語学者の目論見が成功する可能性は高いだろう。

サムライネタで日本の文化を語るより、植物への感受性を語った方が(インパクトは少ないが)、より本質的だと僕は思う。

幕末のイギリス人が驚愕したことの一つが、日本の園芸文化である。当時の大英帝国は、世界中から植物をかき集め、大きな園芸マーケットを作っていたが、種類と規模において日本のそれは全く遜色なかった。

かつ、下層庶民まで、園芸を楽しむ点においては、イギリスを凌駕していたといってもいい。いわゆるプラントハンターたちはこの点を注目している。

さらに、植物の知識は詩歌の伝統にリンクすることを考慮すれば、世界史的圧巻かも知れない。

この文化、もっと見直してもらいたいね。

日本思想史について

忘年会の季節、昨夜は歴史談義で盛り上がった。主役は公務員幹部退職組。おじさんというか、高齢者といってもいい。

こういう人たちは、意外に歴史に詳しい。細かい人名まですらすら出てくる。お相手するには手ごわい相手である。

しかし、雑学的。つまり、包括的なビジョンがない。歴史上のできごと、人物をマクロな文脈の中で関連づけているわけではない。

僕のブログの中、日本思想史のカテゴリーは、歴史ビジョン作りを念頭に置いている。その意味でお役に立てたらうれしい。

学校で習う公教育上の歴史とは、過去の事実の集積というより、現在の国家的価値観から整理され、解釈された歴史である。だから裏を読もうとすればいくらでも読める。

歴史を学ぶこと、それは教養の分野であるけれども、本当の歴史の教養とは、過去を斟酌し、今の自分が何者であるかを知っていることでもある。

これは現実生活上、参考になることも多い。たとえば、今流行りの「サムライ」的な生き方とはどんなものだろうか、グローバル化(実に迷惑なことだ)にどうやって関わるか、こんな問いに答えるために必要になる。

企業の人材教育に、「教養」が取り入れられるようになってきたと聞く。特に海外勤務の場合、日本人であるお前は何者?ってことが重要になったからだ。もちろん、歴史観が問われる。

そういえば、昨夜、毛唐がどうのこうの、幕末の攘夷派みたいなことを言っているおじさんがいた。が、このおじさん、立派に!スーツ(背広)を着ている。

背広って語源はセビロー、仕立て屋が多いことで名高いロンドンの地名のはず。日本製ならいいってか?いや、あれは中国製かも。

封建主義再考 ある東北旧家の記録

ある東北の旧家に係る相続案件を手がけたときのこと。古い戸籍を調べていたら、不思議な人物を見つけた。

これは一連の明治期の戸籍だった。家長制度に即した戸籍であり、江戸時代生まれの人も登場する。現在の核家族単位の戸籍とはかなり異なっている。

その人物を、仮に「弥太郎」としておこう。家長である。不思議なことに、世代が代わっているはずなのに、弥太郎氏はいつも家長である。記録にある分だけでも3世代分。

「一体何年生きているのか?」よく調べてみると、それは襲名だった。つまり、家長になった者は、生まれたときの名前を変え、弥太郎の名を引き継ぐのである。だから一見しただけでは分からない。

「個人主義」を当然とする発想からすれば、こういった事実はサプライズである。この場合、名前とは、個人を識別するものというより、社会的役割を表示するものになっている。

今どきの子どもたちは、どうだろう。ユニークというか、慣習にとらわれないぶっ飛んだ名前もある。いわば、「個人主義」最先端の名前を競って付けられているわけだ。ある意味それは、前例なく自由に生きろ、と期待されているようなものだ(個人主義は自由主義とここでリンクする)。

先の弥太郎には、このような近代的自由はなかったといっていい。農家だったから、伝来の土地を耕作することが当然、かつ、家長としての責任もある。

けれど、その分、「自分探し」なんて面倒な苦労はしなくて済む。封建主義とは、これが自動化しているシステムでもある。

「自分探し」といえば、現実問題、進学先どうする、キャリア形成しろ、就職活動がんばれって大変だよね。

おまけに就職氷河期に遭遇することもある。いくら自由な世の中でも、景気を変える自由なんてだれにもない。だから、思いどおりの自分になるなんて本当は至難のわざだと思う。

今でも自由とは、つつましく楽しむもののようだ。弥太郎さんはどうだったのだろう。

スコットランドを着る インバネス(とんび)

スコットランドといえば、タータン(柄)。僕はネクタイに使っている。これは現地で買ったものだ。

そこそこにユニークだが、分かる人しか分からない。スコットランドといえばキルトだが、さすがにキルトは持ち合わせがない。日本人の感覚ではスカートに相当する。バグパイプ等相応なアイテムなしでは異様である。おまけに、正式な作法として下着をつけてはならないので、過激すぎる。

インバネスは持ち合わせがある。大正期または昭和初期の作らしく(かつては日本でも紳士のコートとして定着した)、作成した仕立て屋さんのタグによれば、電話番号が都内4桁しかない。ちなみに、このネーミングは、スコットランド高地の町の名前に由来している。

以前古着屋で見つけて、手直ししたもの。仕立て屋さんによれば、今は廃れた生地を使っているので大切にしてほしいとのこと。

そろそろ寒くなってきたので、着てみたいが、かなり目立つ。すこし勇気が必要だ。

あるとき新宿駅のキオスクで買い物をした。店番は相当な高齢のご婦人だったが、大いに感激してくださった。「ああ、とんび。私の娘時代には、お旦那衆がおそろいで着ていました。なんて懐かしい」。

伝統的なファッションの強みは、古くならないことだ。いや、古くなるほど新鮮。

この方、少女のように、目が輝いていた。

インバネス同好会?を開いてみたい方は、メールください。

明治維新再考 龍馬伝も終わったし

なぜ幕府が倒されたのか、その理由の一つは軍事力、もう一つは経済力の問題だろう。

軍事力についていえば、身分制に立脚した武士集団より、国民軍的な軍隊の方が強かった。長州の奇兵隊など近代的国民軍のさきがけである。身分に関わらず、広く兵を募集して、実戦を想定した組織的訓練をすれば、先祖伝来の武芸者集団より勝るはずだ。

徳川幕府という政権は、とにかく平和主義、安定第一だった。また、為政者たる武士は、儒教の徳目を修めることが奨励されてきた。だから天下泰平が300年以上保たれた。これは、ヨーロッパ諸国に比べ特筆すべきことである。

絶対平和主義者なら、徳川幕府を大いに評価すべきである。だって、明治維新後の日本は、戦争ばかりしている。仕方のない世界情勢であったろうけれど。

封建的身分制がなくなったことはすばらしい?もちろんいいことは沢山ある。しかし、裏を返せば、農民だろうが、商人だろうが徴兵できる。武士なら君主への忠義で戦(いくさ)をするわけだが、兵隊は国家への義務で戦争に行かなくてはならない。

つまり、戦争への参加が全国民的課題になるわけだ。近代的国民国家とはそういうもの。明治政府は、ヒューマニズムの観点で平等な社会を造ろうとしたわけではない。まず第一に徴兵があるはずだ。

歴史の中で、自由や平等が進展する筋書き、これはヨーロッパ伝来の歴史哲学である。つまり、一つの観点、理念であって、歴史そのものはもっと混沌としているはずだ。「龍馬伝」はすごく面白かったが、伏線にはこれがはっきりある。

この歴史哲学を意識して考えると、いろんなことが見えてくる。今の日本のありかたを考える上でも参考になるよね。

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