« 蛇と人類、そしてハリー・ポッター | トップページ | 仙台・石巻市3人殺傷事件について 非行文化の視点から »

妄想のかたち 中大教授刺殺事件

学校であれ、会社であれ、人の組織がある限り、良くも悪くも、人は互いに評価しあう。この評価は、正当とあれ、不当であれ具体的な行動反映されていく。

評価にどれだけ敏感か、あるいは、鈍感か、それは人それぞれだ。敏感な人は、事実としての出来事をイメージ上、過大に膨らませる傾向がある。

事実はどうあれ、自分が迫害されている、と信じたならば、多かれ少なかれ、周囲との軋轢を生むだろう。そして敵意を周囲に向けたならば、当然に「困った人」になり、一層軋轢が大きくなっていくだろう。

そのうち、悪辣な組織の存在とか、得体の知れない機械だとか確信すれば、本物の妄想になる。

しかし、ある意味、妄想は、現実化する。刑事事件を引き起こせば、当然に、国家・社会と敵対する。事の重大さを考えれば、理解者を見つけることは難しい。

ただ、以上の敏感な人の中にも二つのタイプがある。問題を外に向けるのか、内に向けるか。敵意を一方的に他者に向けるのではなく、いたらない自分に悩み苦しむ人たちもいる。たぶん、それはより基本的な人格の違いなのだろう。

刑事裁判上、「病気」の考慮は当然として、本当に追求すべきは、この人格のあり方じゃないかな。

« 蛇と人類、そしてハリー・ポッター | トップページ | 仙台・石巻市3人殺傷事件について 非行文化の視点から »

心理学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/448947/37833892

この記事へのトラックバック一覧です: 妄想のかたち 中大教授刺殺事件:

« 蛇と人類、そしてハリー・ポッター | トップページ | 仙台・石巻市3人殺傷事件について 非行文化の視点から »

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ