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仙台・石巻市3人殺傷事件について 非行文化の視点から

一応、心理学のカテゴリーに入れたが、本当は犯罪社会学の問題。「文化」を感じさせる事件である。もちろん、良い意味の文化の意味ではなく、犯罪・非行集団特有の文化のこと。

事件が発生したとき、友達?が顔を隠したインタビューに応じていたけれど、その手には「印」があった(特有の刺青)。

なぜ少年なのに、死刑判決なのか。重大性は当然ながら、一言でいえば、「反省」の深みがなかったから。もっと露骨にいえば、反省を演じることさえできなかった。

地域の非行少年たちのリーダー的存在でもあったらしい。そうすると、人を使うこともできるワル。これは思考力の良し悪しの問題でもない。それなりのしたたかさもあるだろう。

けれど、刑事裁判は、社会的に正統とされる価値観の場だ。更生とか、反省とは、この価値観をどれだけ受け入れるか、の問題でもある。

この例では、弁護士が、「きちんと反省の態度を示しなさい」と指導しても、それは、知らない異文化の作法を突然身に付けることと同様だったのだろう。茶道の心得のない人を、いきなり本格的な茶会に招くようなもの、だから様にならない。

この少年の文化に即し、事件の動機を翻訳すると、「この女は、俺のもの。逃げたらボコッテ仕込むだけ。邪魔する奴は、悪い奴だ。片付けて何が悪いか?」となるだろう。裁判官いわく、強盗殺人類似、つまり、狙われた女の子はモノ扱いだった。

こういった文化は、文字以前のものなので、意外に表に出てこない。この大きな溝の存在を認識する場合としない場合では、事件の解釈にかなり差が出るだろう。しかし、法律家や心理学の専門家など、かえってこの文化から隔絶した人たちといってもいい。

それにしても、、、この事件、保護観察中のことらしい。だったら、保護観察が機能していない。保護観察は実母への傷害事件によるものだが、暴力が家庭を突破し、一般社会へ向かう、これは基本パターンである。保護観察は、過去よりも予測が重要なのだが。

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