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幼児の経験世界 鬼ごっこの心理学

走ることができるようになった子どものとって、鬼ごっこはとても熱中できる単純な遊びだ。しかし、その意味は結構深い。追跡される、捕まえられるって、客観的に見れば恐ろしいことだ。そもそも、追跡されることは、悪夢の基本素材といってもいい。人間の原初的な不安に根ざしていると思う。

赤ん坊でも楽しめる、「高い、高い」も根は同じ。霊長類一般に、落下の不安が根底にあると思う。しかし、赤ん坊は喜ぶ。

赤ん坊でも、幼児でも、”場”を読んでいる。そこには、まず基本的な信頼関係がある。本当は恐ろしいことでも、信頼できる人が相手なら、それは遊びだ。また、信頼関係を確かめ、補強していくプロセスでもあるはずだ。

しかし、親が恐ろしい形相で、鬼ごっこの鬼役をしたり、高く持ち上げたらどうか。これでは、しゃれにならない。子どもにとって、場の情報解釈が混乱してしまう。このような状況は、後々の性格形成にも大いに影響を与えるだろう。

虐待された子どもにとって遊戯療法が有効なわけは、このあたりにある。心底、本当に遊ぶ空間を創設することは子どもの精神発達上重要だ。W.ウィニコットによれば、子どもの健康な遊びは、現実でも、主観でもない中間領域(intermediate area)にあるとされる。

これは、子どもばかりでなく、今どきの大人こそ重要ではないか、と僕は思う。大の大人が鬼ごっこ、とは言わないが、現実に向き合う緩衝帯と考えればいい。

たとえば、過酷な状況下での、絶妙なジョークが乗り切るきっかけを作るとかって例もある。つまり、言葉で遊ぶ余裕をあえて作るわけだ。一般に、余計に悩む人、っまあ生真面目な人たちなのだが、こういった人たちは、中間領域が弱い。

世の中、効率とか、実利とかやたらに追求されている。勝ち組だ、負け組だってそれはゲームではないし。追い詰められた人は、こうすれば、この結果がでるって感じの本とかにすがっているけど、これでは遊びの要素がまったくない。極端な例、パチンコの攻略本を”マジメ”に読む人の将来を考えてみればいい。

素直に遊ぶ領域を持った大人って、魅力的でもある。ウィニコット流にいえば、創造性(creativity)があり、「偽りの自己」に生きていない人たちってことかな。無心に遊ぶ子どもが偽って生きているわけないよね。

かの、ニーチェも言っているそうだ。無心に遊ぶ子ども、これが人生の究極の姿。

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