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2010年9月

ふりこめ詐欺の臨床心理学

「ふりこめ詐欺」の被害が続いている。ある地元警察の幹部から聞いた話によると、数千万円のケースも発生したそうだ。かなり新しい犯罪手口であるが、巧妙化が進み、確固とした犯罪類型になることが危惧される。

何でそこまで、だまされるのか?認知症あるいはそれに近い人が狙われるとか、一般の人でも推測がつくのかも知れない。もちろん、もっとマクロな社会的要因も加味されるべきだが、メンタル面に的を絞れば、「保続」がキーワードだと思う。

簡単にいって「保続」とは、思考の流れの切り替えが難しくなる状態のことだ。何を尋ねても同じことばかり、会話が成り立たない、これでは明らかに病的だが、その程度には相当ばらつきがあるし、また、年をとれば次第にそうなっていく。

つまり、ふりこめ詐欺についていえば、「これはうちの息子だ」と最初に思い込めば、考え直しがきかない状況にあるということだ。

ここで具体的な防止策を述べるつもりはないが、少なくとも40歳を過ぎたら保続に注意、くらいの感覚でいたほうがいいだろう。

詐欺に遭う心配というより、新鮮な生活感覚を保持することの意味もある。自分の子ども時代が、どれほどサプライズに満ちていたか思い起こしてみるといい。思考がルーティーン化すると、「なるほど!」なんて感覚は消えてしまうものだ。

もう少し深くいえば、基本的なことを疑い、見方、考え方を再構築すること。加えていえば、遊び心があればもっといい。今どき、怪しげなサプリメントで若さを保つよりも、こっちの感覚で心を若くすることの方がずっと優先すべき。

というわけで、このブログは突飛な話題を提供中。

八丈島紀行その6 八丈方言とゲール語

歴史民俗博物館の資料によれば、八丈島の方言は、独自性の強いものだそうだ。その理由の一つは、伊豆諸島の中でも黒潮によって隔てられていたことにある。

日本語の古い形態を残しているが(万葉集で使われる言葉との共通性)、不特定外部からの移住者の影響も大きいとされる。

残念ながら、方言ネイティブの方と会話できる機会はなかった。というより、本土標準語で会話してくれた場合もあったろう。少なくとも、保存運動が確認されたことはよいことだった。

アイルランドでも、ネイティブゲール語に触れる機会を持つことは難しい。しかし、ゲール語はれっきとした第一共通語である。ゲール語の保存の努力も(異論もあるが)強力になされている。

こういった言葉を日常生活に残そうとする努力の成果とは何だろう。目先の実用価値を考えるとあまり意味がなさそうだ。

しかし、自分とは何者か、この基盤を考えるうえで言語は無視できない。自分が何者かと問うことなしに、どう生きるかの答えは難しい。

日本も世界もグローバル化、方言や少数言語は廃れる一方だ。自分を資本主義市場に売り込むためには、公用性のある言語が重要だが、それが人生のすべてではない。自分=商品なんて構図がそのまま成り立つのなら、「自分」はいつでも代替可能なパーツでしかない。そんなのは、つまらない。

日本、世界を問わず複数言語でビジネスをこなす逸材がいるとしたら、「すごいなぁ」と僕は思う。ただし、別の世界の人のようにも感じる。加えて、立派に生まれ育った場所の方言を使いこなすことができたのなら、素の人間レベルで愛着も感じるだろう。

ところで僕にとっての方言は、名古屋弁と奥三河弁である。まだまだ勉強不足だけれど。

ブルターニュとそば食そしてケルト

ブルターニュの友達が画像を送ってくれた。一見して分からなかったが、おじさんやおばさんがクレープを焼いている。なるほど、ソバ粉で作ったソバ色のクレープだ。これが、この画像の主題。

ソバは純和風の食材ではなくて、意外と海外でも食べられている。さすがに、麺類ではないけれど。ブルターニュならクレープが定番だろう。都内のブルターニュ料理店なら賞味できる。お試しあれ。

植物としてのソバ、これは小麦よりやせた土壌に育つもののようだ。日本でも、米の代わりの意味合いが強い。つまり、ソバの産地とは、コメ作りに向かない土地でもある。ヨーロッパならコメの代わりに小麦が置き換えられるだろう。

ある意味、ブルターニュとは、ケルト人が追い詰められた土地でもある。僕は、ブルターニュのソバと聞くと、ブルターニュの過酷な歴史を思う。

シラタマホシクサと湿原の風景

シラタマホシクサ(白玉星草)が沢山花をつけた。去年園芸店で見つけ、種で増やしたもの。群生させると、なかなか観賞価値が高いと思う。野生ではかなりレアな植物であるが、栽培の難易度は高くない。

僕は、湿原を再現した大きめの植木鉢で栽培している。根本にはモウセンゴケ類を4種植えているが、こっちは猛暑のせいでかなりダメージを受けた。ナガバノモウセンゴケは調子が悪く、モウセンゴケは壊滅。しかし、シラタマホシクサは良好であった。コモウセンゴケはまあまあか。

つまり、本来温暖な自生地を好むタイプは、やはり暑さに強かったのだ。サジバモウセンゴケ、これはナガバノモウセンゴケとモウセンゴケの交配種である。こういった雑種は強健になる傾向があるそうだが、実際、両親?よりも調子がいい。タネができないので、葉ざしで増やすこともできた。

八丈島紀行その5 流人たち

遠島とは、江戸幕府の定めた刑罰の一つ。死罪に次ぐ重罪である。とはいえ、現在の刑法での死刑と無期懲役の違いみたいなものか、とは必ずしもいえない。犯罪の重大さや責任の重さの程度で決まるというより、事件の質の違いや政治的配慮が勘案されていると考えられる。遠島といえば、八丈島が有名だが、江戸からは他の伊豆諸島にも送られていたようだ。

八丈島への遠島の最初は、関が原の戦いの敗将、宇喜田秀家。息子と家来付きである。まさに政治的な刑罰といえる。赦免されるのは、明治維新後のこと。当然本人はとっくに亡くなっているが、一族単位で遠島されていたと考えればいい。

もう一人名高い流人がいる。それは、近藤富蔵。この人、偉大な探検家近藤重蔵の息子である。近藤重蔵といえば、日本の北方領土の画定に功績を収めた人であるが、一途で妥協しない性格もあって秩序を重んじる幕府の中ではトラブルが多かった。

その息子、富蔵は父に良く似ていたようだ。一言でいえば、極端な行動に走る性格。だが、学識もすごかった。

訴訟に負けた腹いせに嫌がらせをする相手方家族を7人殺害って、事情もあるだろうが大量殺人犯である。この暴挙に対して幕府は温情判決?富蔵は遠島となった。

そこで父譲りの探険家の血が燃え上がったのだろうか。八丈島の調査・研究を「八丈実記」として膨大な書物としてまとめ上げた。

今回の旅では、民俗資料館でいろいろ勉強させてもらったが、「その点につきましては、八丈実記第○巻をお読みになるとよろしいでしょう」とか、担当者にご指南いただいた。今も研究対象となりうる民俗学的文献なのだろう。

今の感覚でいえば、”ごく普通の”犯罪者もいたわけだが、その他、遠島対象として、「女犯僧」という人たちがいた。つまり、漢字そのままなのだが、寺持ち(住職)が条件。幕府では、僧侶の性交渉まで取り締まっていたというわけ。そこまでする社会的理由を考えても面白い。

当時の僧侶といえば、それなりの権威、学識もあったろうから、「犯罪者」といってもかなり毛色が違っていただろう。

こういったユニークな人材の多くは、赦免されることもなく八丈島の土になっていった。それまでの間、さまざまな文化的影響を残していったことは想像に難くない。

最後に富蔵のこと。1876年、イギリス外交官アーネスト・サトウの訪問を受けるなどしていたが、明治政府の手違いで(今の年金記録問題みたいなものか)、赦免は1880年となった(明治13)。

江戸ではなく、東京に帰った富蔵だったが、関西方面で父の墓参などを済ませたのち、なんと八丈島に帰島、観音堂の堂守をして一生を終えた。

元幕臣がいまさら江戸(すでに東京)に帰ってもやることがないので第二の故郷に住む?って理解可能だが、本人なりに思うところがあったのだろう。公に許されても、それで済む問題じゃない、とか。

経歴を見ると、「ケジメをつけるのは自分自身」こういった思考方法をする人のように感じる。性格論的にも興味深い人物である。クレッチマーの性格類型など参考になりそうだ。

幼児教育 K.ローレンツ的に考える

娘を保育園に送ったら、年長組のこどもたちが虫(コガネムシ)を見つけて盛り上がっていた。これって何て虫って議論である。僕は、一人の男の子に図鑑を持ってくるように指示し、少し解説を加えた。実に面白い。元男の子の本領発揮である。また続きがあるだろう。

人類の歴史のほとんどは、狩猟・採集民である。だから、多くの子どもたち(特に男の子だが)が昆虫に重大な関心を寄せることは理にかなっている。つまり、生得的な資質ということだ。昆虫が分からなくて、どうして将来狩猟ができようか。

多種・多様な動植物との関わり方を習得することが人類の生存の基盤であったとすれば、昆虫採集などバカにできない遊びである。それは進化上の人間の本性にリンクしているから。

資本を投入し、子どもを機械的な知育教材漬けにしておけば、かっこいい高度に文明化された職業に就く可能性が高まるかも知れない。けれど、それが幸せなことかどうかは不明である。

少なくとも、進化史を参考にすれば、生の生物は子どもの精神の発達上、重要な教材でありうるだろう。安上がりだし。

ところで、関連書のご紹介。「ソロモンの指輪」、これは、K.ローレンツによるおすすめ名著である。

八丈島紀行 その4 島流し(遠島)

上司「君に転勤辞令が出ている」

部下「まさか海外とか」

上司「いやいや、東京都内だよ、君なら、自家用車のナンバーさえ変える必要がないはずだ(意地悪、、)」

部下「ありがとうございます。かえって通勤が楽になりそうです」

上司「いや、引越しが必要だろう」

部下「はぁ?」

上司「八丈島だから」

部下「何か悪いことしましたか・・・・」

*八丈島(八丈町)の自動車ナンバーは品川である。品川陸運局(東京陸運支局)が管轄しているため。

以前、東京都の職員と話したことがある。こういった場所への転勤は、一種の懲罰的人事なのでは、と。しかしそうでもなく、むしろ後々評価されることなのだそうだ。

苦労してくれた、という意味もあるだろう。また、僕なりに考えてみると、小さな規模の組織で働く経験は重要だ。つまり、仕事の領域が広くなるので、勉強になるからだ。具体的な経験ばかりでなく、仕事の視野もおのずと広くなると思う。

もちろん、本来の島流し(遠島)は、れっきとした刑罰だった。では、その対象者=流人はただの犯罪者であったかといえば、そうでもない。

この件、次回に続く(昼休み終了)。

八丈島紀行 その3 植物

南国である。空港を降りてまず目に付くのが椰子。多くはビロウヤシだが、これが街路樹になっている。そして道路脇を埋め尽くす植物がキダチアロエ。もう少し気温が下がると、一面にオレンジ色の花を咲かせることだろう。

路地や山道の脇を見れば、モンステラ、カポック、フェニックス・ロベレニー、サンセベリアが植えられているというか、勝手に生えているというか、、、判別が難しい。

以上、多くが熱帯系観葉植物である。喫茶店やオフィスの鉢植えをイメージすればいい。これらが、半ば野生化している。見慣れた人に想定外の場所で出会うようなものだ。

そもそもこの島では、これらは外来種。ビロウヤシも江戸時代に導入されたものだ。

これだけで気候も分かる。雨は多めだろう。そして、少なくとも霜が降りない。この点、園芸家だったら重要事項である。アロエなんて一晩の霜でダメになるよね。

では、野生植物はどんな具合だろう。まずヘゴを挙げたい。木のように幹を持った大型のシダである。これには感動ものである。森になっていたりすると、ジュラ紀、白亜紀の地球の再現である。つまり、この植物、恐竜のエサの食べ残しみたいなものだ。要は熱帯雨林の植物なのだが、この島は、その北限にあたる。ヘゴほどのインパクトはないが、オオタニワタリも南国旅情を感じさせる野生シダである。

生物地理学的にいうと、八丈島を含む伊豆諸島はそこそこ独立している。本土と全く異なってはいないが、亜種みたいな生物が多いということだ。植物ガイドブックでは、伊豆諸島準固有、伊豆諸島固有、八丈島固有のカテゴリーを記載している。たとえば、有名な健康野菜、アシタバについていえば、伊豆諸島準固有種とされている。

海岸沿いの路傍でホタルブクロを見つけた。東京近辺の山野でもホタルブクロは多い。しかし、このホタルブクロは小さく引き締まった形態だった。これがシマホタルブクロだろう。

水のしたたる岸壁(いいねぇ!)ここには、ダイモンジソウ、詳しくはイズノシマダイモンジソウを見つけることができた。残念ながら花なし。

今回、訪問できなかったが、この島にはスゴイ場所がある。それは、八丈富士の火口だ。ギアナ高地?みたいに少し違った生態系があるらしい。湿原があり、なんと!モウセンゴケまで生えているという。このトロピカルな島であって、南方系のコモウセンゴケでなく、北方系のモウセンゴケである。

ただ、写真を見る限り魅力に薄い。あの独特の赤みが抜けているからだ。亜種になりかけている、ということか。

八丈島紀行その2 犯罪学的視点

平成22年9月1日現在のこの島の人口は、8244人。この数値はなかなか微妙である。社会の規模としては、これくらいが公私のバランスがとれているのだと思う。古代ギリシャの都市国家の規模を参考にしてもいいと思う。

規模が小さすぎると人間関係上、私的領域が濃すぎるため、閉塞感を感じてしまいそうだ。また、1万人を超えた社会では、血の通った共同体としては希薄なものになってしまうだろう。

これくらいの規模の社会なら、基本的な公共施設も設営できる。八丈島には、スーパーマーケットが数店あるほか、裁判所も総合病院もある。

心理面では、”自分たち意識”を保ちうる規模といものがあるのだろう。それは愛国心とか抽象的なものではなく、日ごろ自分はお世話になっているのだから、社会のために少しくらい役立てたらいい、って感覚だ。この感覚が広く共有されるなら、民度が高くなるはず。いちいち強制・監視しなくても、やるべきことはやってくれ、いけないことはしない。つまり、治安がいい。

僕が見るかぎり、バンダリズムはゼロ。公園の古いトイレまでキチンと管理がなされていた。このように公でありながら、プライベートな空間は、治安の重要指標である。

お世話になった民宿のおじさん(本業漁師)いわく。「車のキーは買って以来、入れっぱなし」確かに、自動車を盗んでも、遠くへは行けない(島だから)。また、そもそも田舎とはそういうもの、という指摘もできるだろう。

八丈島は田舎か?といえば、僕は感覚的に違うと感じる。少なくとも、閉鎖的な島(村)社会とはいえないだろう。縄文時代から代々住んでいる人もいるだろうが(遺跡がある)、流人をはじめ、来訪者を受け入れることが続いてきたからだ。本土から、わざわざ移住してきた人たちもかなり多い。なんたって、島の真ん中に空の玄関口もある。

でも、あえて、平和な八丈島の中で比較的多い犯罪とは?統計資料を知らないのであくまで推測だが、単純粗暴犯とか。

一般論である。犯罪心理学の資料で見たことがあるが、こういった黒潮の洗う地域では、飲酒に関連した暴力事件(殺人を含む)が多いそうだ。ただし、僕の知る限り、この島の焼酎は人を幸せにするものである(おいしいよ)。

八丈島紀行 その1

この夏、八丈島へ行ったので、レポートを書く。

東京都は、意外に広い。かつ多様性もある。奥多摩の雲取山の山頂は2000mを超えているがここも東京都だ。ここは、ちょっとした覚悟と装備で到達できる東京都である。

海の向こうに最果ての東京都もある。これが東洋のガラパゴス、小笠原諸島。船旅で行くしかないので、時間的距離感では、アイルランドより遠い。

その少し手前に、八丈島がある。羽田空港から、45分ほど。この時間感覚はすごい。乾いた東京の景色が遠のき、海と雲をしばらく見ていると、いきなり椰子の木の茂る火山島の上に立つことができる。

言葉は通じるのか。。。大丈夫だ。住民は東京都民である。しかし、みなさん黒い。それは、太陽光線が豊かだからだ。

高層建築がなく、空が広々としている。それだけでも、体感日照時間が長くなる。また、ビーチが多く、特にに子どもたちはよく日焼けしていた。仕事へ行く前に、サーフィンを楽しむ人も多い。リッチである。

道路上に電光掲示板を見た。こういった情報は、重要事項であり、また良くない情報を伝えることも多いと思う。しかし、その内容は平和的なものであり、かつ、1週間変化がなかった。「9月○日、八丈高校で方言教室開催」というものだった。

固有の文化を守る努力が続いている。これは、すばらしいことだ。アイルランドでゲール語が守られているように、八丈島では八丈方言が守られている。

そういえば、アイルランドとの共通点も多い。たとえば、草原で牛の放牧がなされている。海岸にそそり立つ断崖が多い。これはアイルランド西部の光景。火山活動が作った、岩だらけの光景もあるぞ。こういった荒地もそれらしい。

ざくっと言えば、コスト・パフォーマンスが相当大きい。マリンスポーツばかりでなく、登山も楽しめる。酒(焼酎)の蔵元もさまざま。動植物を見ても面白い。植物に関していえば、固有種も多いからだ。加えて、文化・歴史。流人史など興味深い。そして温泉も。

で。僕の思い違いもあった。有名な「八丈島のキョン」。これは野生動物ではなく、特別に飼われているものらしい。山中で群れに遭遇なんて期待していたけれど。

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