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三浦半島のこと 初期のサムライたち

この夏、三浦半島を旅行したので書く。この半島は、全国の三浦さんの故郷である。三浦一族は源平合戦で名をはせ、鎌倉幕府の創設期に大いに活躍した海事にも強い武士団であった。三浦のいう名前自体、海をイメージできる。

三浦一族、スコットランド的にいえば、クラン(氏族の単位)の一つである。スコットランドなら、拠点となる城の一つくらい残っているはずだ。しかし、有力氏族であったことがかえって災いし、北条氏によって全滅されている。とはいえ、遠方で抹殺を免れた縁者も多いはずだから、今も三浦さんたちは栄えている。部門の誉れ高い名前だから、あえて後世に名乗る場合もあっただろう。

三浦一族の力がなくては、鎌倉幕府なんてなかった。当初ほぼゼロから始まった頼朝の挙兵を支えたのは、この一族である。

都の人々を震え上がらせた猛々しい坂東武者の中核であったが、政治力が弱かった。だから頼朝亡き後、陰謀的に力をそがれていき、市街戦の末に消されてしまった。歴史的に沢山ありそうな話である。兵力から政治力に力点が動くことの結果である。

頼朝ゆかりの法華堂に追い詰められ、ここがその最後の地となった。現在の、頼朝の墓の近くらしい。氏族の長、三浦泰村以下、500人以上が腹を切って終末を迎えた。

以上、司馬遼太郎の「三浦半島記」を参考にしている。

初期のサムライ社会とはこんな具合。スコットランド(ハイランド地方)の歴史にもよく似ている。氏族間の潰し合いの歴史である。

サムライの社会といっても、江戸幕府以降の完成された封建主義社会とはかなり様相が異なっている。その大きな理由の一つは儒教倫理の確立にあるのだろう。

あと余談、三浦さんのほか、和田さん、畠山さん、梶原さんなど鎌倉幕府に関連する近隣氏族の名前である(ひどい目にも遭っている)。みなさん関東では割とポピュラーだし、僕には知人・友人もいる。しかし、肝心の源(みなもと)さんには会ったことがない。歴史とは皮肉なものである。

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