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ゲール語のテイストを学ぶ6 Ta とNilの哲学

英語にはBe動詞があって、この使い方が重要になる。ゲール語(アイルランド語)も同じ。しかし、さらに深い意味がある。本来Be動詞も、存在を表すもの。存在なんていうと、哲学めいてくるけど、ゲール語はもっとそうだ。

英語の副詞、Yes、Noに相当するものは、ゲール語にない。驚きである。替りに、存在を表す動詞Ta(aの上に長音の点)、ターと、Nil(iの上に長音の点)ニールを直接に使う。

バカ丁寧に考えると、

はい(Ta)、とは、現在形でそのような存在があるという意味。いいえ(Nil)、とは、そのような存在はないという意味になる。会話や文章のなかで、こんなことをいちいち考えているとは思えないが、言葉の意味を突き詰めるとそうなる。

言われてみれば、そうだよね。たとえば、彼が走っているかどうかの質問に、はい、といえば、走っている状態の彼が存在しているわけ。

この世の出来事は、みんなひっくるめてTa。実際起きていないことは、Nil。ゲール語の根本には、こんな発想があると思う。

ところで、Taの古い意味は、立つ(stand)だったそうだ。なかなか玄妙である。荒木飛呂彦の漫画、「ジョジョの奇妙な冒険」は、スタンド使いの話であるが、このスタンドとは、潜在的にある力のようなもの。これが、具体的なスタンドとして現れたり、引っ込んだりする設定だ。つまり、今見えなくても、常に可能性として”ある”。

これをゲール語に置き換えると、スタンド使いがスタンドを出しているなら、Ta、引っ込めているならNilに相当するのだろう。そうすると、表面的な在る、無しを超える何かがありそうだ。

ここまで考えると、哲学上の存在論の話になる。

アイルランド出身の哲学者エリウゲナは、こんなぶっ飛んだことを言っている。

神とは、自然である。

神とは、”ある”ことと”ない”ことの全てである。

だから、エリウゲナの思想はキリスト教社会で、異端視されてしまうわけ。でも、こういったユニークな発想の背景には、彼の母国語(ゲール語)があったのでは、と僕は考えている。

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