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2010年5月

アイルランドの湿原を行く モウセンゴケ(Drosera)のこと

アイルランドの国花、シャムロックは日本でもごく普通に見られる。少なくとも、関東近辺なら、その辺の海岸、川岸の野原に生えている。これをありがたく感じるかどうかは、その人の心情次第。日本では、ただの帰化植物である。

日本とアイルランドで一致する原生植物は、似たようなものがあっても正確にはほとんどない。しかし、少なくともモウセンゴケ科に2種ある。やたら種子を飛ばすわけでもなし、なぜ、北半球の向こうとこっちでこんな特殊な植物が一致するのか、不思議である。途中のシベリアなどにもあるが、変化(進化)しにくい植物なのだろうか。

この2種とは、モウセンゴケ(Drosera lotundifolia)、とナガバノモウセンゴケ(Drosera anglica又はlongiforia)だ。アイルランドにはもう一つナガエノモウセンゴケ(Drosera intermedia)が自生しているが、これは日本にない。日本では、サジバモウセンゴケというものも知られているが、独立の種ではなく、モウセンゴケとナガバノモウセンゴケの自然交配種であり、種(タネ)で増えることができない。理屈のうえでは、アイルランドでもありうるが、僕は文献上見たことがない。

おまけにいうと、日本にあってアイルランドにないモウセンゴケ類は、コモウセンゴケ、イシモチソウ、ナガバノイシモチソウである。これらは、皆、南方型のモウセンゴケ類に相当する。これだけでも、日本とアイルランドの気候の違いがよく分かるだろう。

モウセンゴケを英名で、Sundew=太陽の露という。美しい名前だ。日本語での、毛氈も、美しさの表現の一つだろう。葉に密生した繊毛一つ一つに小さな雫をつけ、これが絶品である。太陽の下で見れば英名の意味がよくわかるはず。また、赤い繊毛と緑のコントラストもいい。

モウセンゴケというと、食虫植物って話になるが、なんともエグイイメージだ。ところが、ネーミングでは美しさに着目されている。僕的にいえば、独特な芳香もあり、これもいたく気に入っている(ウルトラ・マニアックか?)。

北海道在住でもない限り、日本で湿原を身近に訪ねることは難しいと思う。かの、尾瀬ヶ原を考えればいい。ここでの主役の一つはモウセンゴケ。そのうちナガバノモウセンゴケなんて、極レアな植物である。

アイルランドには湿原(Bogland)が多い。だだっ広い湿原で車を走らせるのは爽快であるし、少し歩いてみればこういった植物にも出会えるだろう。かつて、アキル島の湿原を訪ねたとき、たくさんのモウセンゴケの群落に加え、ムシトリスミレにも出会うことができた。同じく食虫植物であるが、こちらは薄紫の花が魅力である。ただ、日本のものと正確に一致するかは未確認。

これらの植物は、特段、湿原でなくても、湧き水のある湿った場所でもさりげなく見かけることあるはず。興味のある方は要チェック。ただし、検疫上の問題があるので、掘り取って持ち帰ってはだめ。どうしてもというなら、日本で売られているものを購入したほうがいい。

森ガールとアイリッシュ・ハープ

近くの公園の施設でアイリッシュ・ハープの演奏発表会を聴いた。みなさん森ガールないでたち。もう少し凝るなら、うちのアイリッシュ系グッズを貸してあげたのに。でも、森ガールでアイリッシュ・ハープとは、調和していると思った。クラシックならもっと硬くなるだろう。

歌付きなのもいい。ハープのオリジナルの演奏もそうであったはず。いや、ケルト系ハープなら男にも演奏させろとか、これは余計な突っ込みか。ただ、もともと先生がクラシック系のハープ奏者だったらしく、奏法はアイリッシュそのものとはいえなかった?アイリッシュ・フルート、ホイッスルとのコラボもあったが、こっちの奏法は本格的なアイリッシュだったと思う。

時間の都合もあるだろうけど、一般向けに公開するなら、もっと曲の説明があればいいのに。って、これは勝手な要求。ダウン・バイ・ザ・サリーガーデンズを「柳の木の下で・・」は外れだ。

とはいっても、僕はとても満足した。日本では、女の子がピアノの習う文化が普及している。これは、大正ロマンの香り漂う良妻賢母教育のイメージなのだか、同じ洋風でいくなら、アイリッシュ・ハープを普及させたい。これなら、嫁入り先がささやかなマンションであっても、持っていけるぞ。歌って演奏できるし。

以下余談、以前、見合い写真として、アイリッシュ・ハープの演奏を撮ってもらいたいって依頼を受けたことがある。成果のほどは聞いてないけど。バックが新緑の森ならもっとよかったとか、これは凝り過ぎ?

妖精について その3 ネッシー妖精説

最近の日経記事による話。1930年代の英警察の記録によると、ネッシーの保護について真剣な問題意識があったそうだ。

そもそも、アイルランド、スコットランドには、水棲馬の伝承がある。動物型の妖精と考えればいい。これは、ケルト系特有の妖精だと思う。馬みたいな怪物が湖から上陸し、いろいろと悪さをするという話。スコットランドのそれは、結構凄惨なことをしでかす傾向がある。

ところが、近代化に伴い、妖精の類が次第に信憑性を失っていく。日本に「妖精」が紹介されたのは、明治以降だ。このころの英国の妖精のイメージは、羽が生えて飛んでいる小人みたいなもの。当時の日本人がオリジナルを知っていればfairyを「妖怪」と訳すべきだろうが、嘘っぽくかわいいイメージになっていたからあえて妖精という造語を作ったのだろう。

ところが、水棲馬のイメージは、近代的な思考の中でも形を変え生き延びることができた、と私は思う。もともとネス湖には、この手の伝承は豊富だった。たとえば、聖人がネッシーと対決したなんて話もある。これは、日本でいえば、修行を積んだ高僧が妖怪退冶をしたような伝承に相当する。

これが昔話に終わらなかった理由は、地球上には多種多様な生物がいる、かつて地球上には恐竜など巨大生物がたくさんいた、といった博物学的知見が広まったからだろう。つまり、水棲馬はリアリティ(現実味)の基盤を獲得することに成功したってこと。妖精がだめなら未知の巨大生物でいけばいい。

ネス湖ネス湖は大きく長い湖で、海にもつながっている。一見すれば何かいるかもって感じるはずだ。おまけに伝説付き、また、アザラシなど入り込むこともあるらしい。だから、いろいろ話に尾ひれがつく、といえば分かりやすいが、もっと重要なことがある。

それは、私たちの信じる現実は、それぞれの時代を背景に決まるということだ。現在「科学的」といえば、強力な信憑性を演出することができる。しかし、科学とは何かってマジメに考える人は多くない。

妖精について その2 ゲール語(アイルランド語)

妖精をゲール語でいうと、si。正確には、iの上に長音を示す点がつくので、シーという発音になる。英語のshe ではなく、日本語でしー静かに、という時の少し鋭いシーに近い。

この表記も発音もゲール語の”彼女”であるsiと同じだからややこしい。彼女=妖精なんてなんともファンタジーだけれども、古い表記では、sidhe。sheeという表記もある。後者はたぶんsiとsidheの中間みたいなものだろう。本来別の単語なのに、発音が一緒だからだんだん綴りも同じになったわけ。

かのオキャロランのデビュー曲、Si Beag,Si mor(Si Bheag,Si mhor)シーベルグ、シーモァのシーはもちろん妖精のこと。

Beagは小さい、morは大きい。だから、小さい妖精、大きい妖精ってなんのこっちゃ。ってなるけれど、この場合のsiは、fairy mount の意味。英語、ゲール語の辞書にはこういう意味も載っている。じゃ、fairy mount とは何か、それは、古墳のことらしい。

日本でも、古墳に付随して神社があったりする。こういった場所が特別な何かであることは日本もアイルランドも同じだ。しかし、アイルランドはキリスト教化した国だから、聖なる場所というより、妖なる場所ということになったといえる。

しかしもう一つ重要な共通点もある。日本の神社が滅ぼされた人たちを祭る例があるように、アイルランドの伝承でも、妖精をかつての先住民に由来するものとする発想があるからだ。

アイルランドの伝承では、古墳が妖精にちなむ場所で、そこが妖精の国に通じているとか、夜になると出てくるともされる。

メリングのファンタジー小説、”妖精王の月”の主人公は、ここで夜明かしすることで事件に巻き込まれていく。古墳とは、いわばあっちの世界との境界みたいなもの。

また、トールキンの指輪物語にも、古墳から出てくるへんなモノ(塚人)のエピソードが含まれているが、こういった伝承がベースにあるのだろう。

妖精について その1 妖精に出会う?場所

いい気候になった。この時期のアイルランドもすばらしい。ところで妖精は、アイルランドの重要な観光資源だ。少なくとも日本人向けのツアーにとって。

それは、遠野の河童やザシキワラシみたいなもの。しかし、アイルランド観光庁は、妖精の売り込みにそれほど熱心でもないらしい。たとえば、かなりローカルな情報を丹念に調べるのでない限り、妖精にちなんだ観光スポットを見つけ出すことは難しいと思う。その点、遠野の河童淵なんてどの遠野ガイドブックにも乗ってるぞ。

とりあえず、荒れた古城や荒野の大岩、円形土塁(ラース)、環状列石などを訪れ、しばし夢想にふけってみればそれらしいイメージも喚起できるだろう。これらはアイルランドの定番の風景である。

しかし、スコットランドとウェールズには、ずばりフェアリー・グレン、妖精の谷とよばれる場所がある。前者は奇岩の織り成す風景で、後者はヒースの花の薄紫に染まる場所。ただし、正直に言うと後者の方は写真でしかみたことがない。

前者についていうと、それはスコットランドの最果てスカイ島にあり、いかにもファンタジー的な空間だった。なぜかそこだけが違うとはっきり分かる。いい日和だったが、訪れてしばらくすぎると突然空が掻き曇り、とんでもない暴風雨となった。スカイ島の気候はこんなものだが、日本風にいえば妖精のたたり?人間が長居をしてはいけないとか、伝承にあるかも。

新社会人のためのプラトン主義入門 その5

プラトンの著作のハイライトはソクラテスとソフィストたちの対決と先に書いた。ソフィストは一種の悪役を演じている。そこにソクラテスが切り込むという筋書きだ。この点、プラトンに批判的なB.ラッセルは、「プラトンが悪意をもってソフィストを描いているが、それでも彼らの言説には輝きがある」と述べている。

この問題の背景には、哲学以前の問題もあると思う。それは両者の生活基盤の問題でもある。ソフィストたちはアテナイ人たちに弁論術などを講じて生計を立てている。つまり、今でいえばフリーランスのコンサルタント、弁護士等の立場に近い。これは、お客様あっての商売である。

一方ソクラテスは、働く必要のない貴族的な立場にある。兵役等アテナイ国家の市民的義務に対し、タフな戦士を演じることがあっても、ふだんは市民相手の論争に明け暮れている。

ソクラテスのソフィストたちへの突っ込みは、正義や真理の問題が先決なのに、白を黒と言いくるめるようなことばかり教えている、これでは善き市民が育たないではないか、ってこんな感じである。

そうは言ってもね、営業職するなら、うまいこと言わなくてはならないし、弁護士はとりあえず凶悪犯罪者を弁護しなければならない。社会は役割演技で成り立っている、これは事実である。職業を持つ立場なら、避けられないことだ。

かといって、会社の組織犯罪の片棒担がされても困るだろう。どこまで妥協を正当化するか、社会人には、微妙なバランス感覚が必要だ。これが大人になることでもある。

世の中には、あたかも正義と一体化したような陶酔感をもって市民運動とかに熱中する人たちがいるがかえってうさんくさい。かといって、小ずるく、無節操に生きることは、幸福でもなく、やがてその所業はわが身に返ってくるだろう。

一般人にできること、それは身の程をわきまえながら、無理なく誠実に生きること。長続きするビジネスもこんなものである。

新社会人のためのプラトン主義入門 その4

職場の宴会につき合わされ、いつの間にかオジサンたちのカラオケ大会が始まる。次々とオジサンたちが自己陶酔しながら演歌を歌っていく。そして、あなたの出番が来る・・・

(オジサン1)君もどうかね?

(オジサン2)どーせ俺たちには分からん若いもんの歌、歌うんだろ。

(私)ちょっと古いのを・・民謡とか。

(オジサンたち)ほー、いいね、どんな?

(私)ダウン・バイ・ザ・サリーガーデンズとか、ダニー・ボーイとか

(オジサンたち)何で民謡が横文字だぁ?

(私)アイルランド民謡なもんですから。これって明治時代に日本に入ってますよ、みなさん若いなあ(言いすぎ)

解 説

プラトンによれば、本当に大切なものは、普遍的で無時間的なものだ。新しいからいい、なんてことはいわない。資本主義経済の中で次々に生産されていく商品としての歌がある。その中には普遍性を獲得するものもあるだろうけど、大概のものは時代の中のエピソードに終わっていくだろう。その時代の若者を演じることは、社会的スキルとして重要だろうけど、それがすべてであっては人生はつまらない。世代を飛び越えることができないからだ。

あるアイルランド音楽を学ぶ講座の中で、孫みたいな生徒に混ざって異色の高齢女性がいた。ところがダウン・バイ・ザ・サリーガーデンズを聴いて、「それ、知ってます。女学校で学びましたから。」と応えたそうだ。

なんと彼女は、完ぺきな当時の日本語歌詞まで暗記していた!(大げさに)プラトン主義的にいえば、彼女の青春は、永遠性の中に位置づけられ、いまなお輝いている。

異常なまでに若さがもてはやされ、羨望される今日の時代風潮の中で、プラトン主義は相当に挑発的に使えると思う。

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