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津村記久子の妖精論(カウンセリングへの応用)

小説家の津村記久子さんが、昨日の日経新聞にエッセイを載せている。彼女が妖精本を愛読しているとは知らなかった。このエッセイは、妖精(ゴブリン、バンシーその他妖怪も含む)の何たるかを述べたものというより、”対人関係上の距離のとり方”を教えてくれるものだと思う。

日常生活上、ぶっとんだファッション、常軌を逸した他人の行為、理解不可能な振る舞いに遭遇することはある。倫理上見過ごせないことはあるにせよ、必要以上に巻き込まれる必要はないのでは。

ところが、人ごととは考えず、自分が重要な当事者であるかのように悩んでしまう人も多いと思う。なまじっかカウンセリングの素養があったり、対人関係に敏感な人たちがそうだ。いちち悩まず、「もしかして妖精?」と考えて気持ちを楽しくするのが津村流とのこと。ぼくも同感だ。

仕事の対人関係の悩みなどを聴く場合、対処方はいろいろあるが、自己理解を深め、他者を共感的に受け入れるなんて回りくどいことが多々ある。「納得できない!」と怒っている人などがそうだ。納得できないっていうけれど、すべての人が自分の常識の範囲内で行動するなんて前提の方が成り立たないはず。ならば、あの人は妖精みたいなものだから、と距離を置くほうが望ましい。一見冷たく感じるが、異質なものは異質として別な世界に分離してしまえば、余計な憎しみも消えるものだ。これは相手の立場をとりあえず認めるということにもなる。

僕は「その困った人、一緒に見に行きましょうよ」と提案することがある。もちろん冗談だが、見に行こうか的な発想をぶつけてみると、クライエントの視点を変えることができる場合が多い。

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