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文明について、あるいは東京の野蛮

このブログを訪れてくれる人は、なぜか「バンダリズム」で検索している例が多い。バンダリズムとは、文明の破壊行為のことをいうが、そもそも文明とはなにか、これはとても大きなテーマである。いきなり切り込むのも大変だから、今日はささやかに文明について少し触れてみたい。

「文明の利器」という言葉がある。パソコンや携帯電話は文明の利器の最たるものだと思うが、パソコンや携帯電話を使いこなしていたら必然的に文明人になれるのだろうか?

確かに物質文明を受け入れていることにはなるだろう。しかし、パソコンや携帯電話の仕組みを一から知っている人はどれだけいるだろうか、ほとんどいないはずだ。

反対に、直接火を使って煮炊きをしている人は、野蛮人なのだろうか?むしろ火というものは人類史的に文明の根幹だと思う。ギリシア神話の「プロメテウスの火」の例は、この点をはっきり指摘するものだろう。

最近はオール電化の家とかもある。生の火に向き合う機会がだんだん少なくなって、火の扱いを知らない子どもたちも増えているようだ。これはある意味、文明的退化ではないだろうか。

火を扱うなら当然マナーもわきまえる必要がある。これはとても文明的なことだ。たとえば、路上で喫煙して、捨てた吸殻を足でもみ消すならまだしも、そのまま落としているならかなり野蛮なことだといえる。当人がいかに「文明の利器」を活用していても、これは是非もなく人類史基準で野蛮なのだ。つまり、文明とは多分に精神的なものだといえる。

寒くなってきたが、冬になると放火事件が増える。放火なんて野蛮な犯罪の最たるものだが、東京の火事の原因には、放火の占める割合が高いそうだ。物質的に文明化されていることが、精神的に文明化されているとは必ずしもいえない。こういった放火が公共財に向けられるとすれば、まさにバンダリズムの典型である。

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