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2009年11月

ケルトの国のクリスマス

この朝、アイリッシュハープについてこのブログに記事を書いたら、今、なんとハープ奏者の方から、2点イベントの案内が届いた。この偶然に応えて、僕もこのブログでみなさんに紹介しようと思う。

イベント1

(表題)

ケルトの国のクリスマス

ケルトのお話と伝統音楽 ~アイルランド・スコットランド・ウェールズ~

フィドル:大竹 奏 ハープ:寺本圭祐

(日時)2009年12月3日(木)18:30開場 19:00開演

(場所)明治学院大学白金キャンパス大チャペル

入場無料

イベント2

(表題)

大倉山のケルティック・クリスマス

ワークショップとレクチャー・コンサート

(日時)2009年12月1日(火)、2日(水) 13時から19時半

(場所)大倉山記念館第4,6集会室

(会費)大人1000円、こども(小学生以下)500円

注意事項:

案内によりますと、二つ目のイベント内容は、フィドルとハープのワークショップ、楽器のセッション、レクチャーコンサート、クリスマスソングワークショップですが、それぞれ日時が異なります。

アイリッシュハープのこと

以前、国際交流を目的とする市民団体から、アイルランド音楽について講演を依頼されたことがある。このときの質問の一つ、「アイリッシュハープと普通のハープでは、どちらが進歩していますか」というものがあった。嫌な質問だな、と思った。わざわざ進歩による優劣を楽器につける必要はない。

そもそもアイリッシュとクラシックでは、異なるジャンルなので、どちらが進歩しているとか、そんなこといえません、と穏便に答えておいた。

物理的には、アイリッシュハープといってもいろいろある。あえていえば、多くがレバーで半音を調整する点で、足踏み式の一般的なハープとは異なるといえるだろう。しかし、これが本来のアイリッシュハープと特定できるハープはない、また広くケルティックハープなんていえば、もっと漠然とした形態の広がりになる。

ただ歴史的に演奏様式に立ち返ってみると、その違いははっきりする。それは、演奏しながら語り、詠うということだ。これは、オーケストラのパートの一部になっている今風のハープの使い方とはかなり異なる。

アイリッシュハープといえば、あの盲目のオキャロランなしに語れないが、オキャロランは地域の有力者たちの庇護を受けて、演奏活動の旅を続けた。今に伝えられるオキャロランの曲の多くが、人名にちなんでいるのはこのような背景があるからだ。つまり、唄と演奏が特定の人に捧げられるものだったからである。

この様式は、ケルト的な吟遊詩人の姿を彷彿とさせる。古くは、王侯貴族の祝宴の場がハープ奏者の活躍の場だった。ハープ奏者たちは、王をたたえ、また戦士の武勇、悲恋の物語を後世に伝えられたのだろう。そこには、言葉と音楽による呪力も想定されていたに違いない。

アイリッシュハープを学んでみたいと思う人なら、ぜひこの点も知っておいてもらいたいと思う。近代的な音楽が失った力を、少しでも取り戻してくれたらすばらしい。別にケルトの英雄を再現してくれなくてもいいが、悲しむ人を励まし、または新たな門出を祝うような演出に、アイリッシュハープは向いているのでは。

文明と文化の違い

文明ネタでもう一つ。

これは一つの切り口であるが、文明と文化の違いとは、普遍性の問題に関わっている。たとえば私たちの使う漢字。これは東アジアで広く普遍性がある。だから文明の産物である。また私たちはひらがな、カタカナも使用している。これは日本固有のものであるから、文化だ。もう少し見方を変えると、一つの文化体系を共有するものが民族であるが、文明とは民族を超えたものでなければ文明といえない。

明治以降、日本は西洋の文明を導入したので、アルファベットも広く使われている。英語ばかりでなく、広くヨーロッパ系の言語に通用できる。アルファベット表記をローマ字とも呼ぶが、まさに源はローマ文明につながっている。だから、平均的な日本人なら、なんと古代ローマ帝国の言葉、ラテン語も一応読むことができる。意味までよく分かる人は少ないが、これが文明のすごいところだ。

ところが、世界にはもう一つ大きな文明があるが、それはイスラム文明である。イスラム文明が私たちに縁遠く感じるのは、私たちが西欧化しすぎてしまったからだろう。また、イスラム文明は極めて境界がはっきりしていることも大きい。それはイスラム教徒による文明だからだ。古いイスラム系の大学をみるとよく分かる。イスラム神学科、イスラム文学科、イスラム法学科というぐあいに、コーランとアラビア語を基礎に知識体系が包括化されている。これぞまさしく文明なのだが、むしろ完成されすぎの感がある。

とはいえ、あまりに西洋基準で物事を考える日本人にとって、イスラム文明はもう少し注目した方がよいだろう。そうすると、西洋文明との付き合い方も見直すことができるし、自分たちの固有の文化もよくわかる。

文明について、あるいは東京の野蛮

このブログを訪れてくれる人は、なぜか「バンダリズム」で検索している例が多い。バンダリズムとは、文明の破壊行為のことをいうが、そもそも文明とはなにか、これはとても大きなテーマである。いきなり切り込むのも大変だから、今日はささやかに文明について少し触れてみたい。

「文明の利器」という言葉がある。パソコンや携帯電話は文明の利器の最たるものだと思うが、パソコンや携帯電話を使いこなしていたら必然的に文明人になれるのだろうか?

確かに物質文明を受け入れていることにはなるだろう。しかし、パソコンや携帯電話の仕組みを一から知っている人はどれだけいるだろうか、ほとんどいないはずだ。

反対に、直接火を使って煮炊きをしている人は、野蛮人なのだろうか?むしろ火というものは人類史的に文明の根幹だと思う。ギリシア神話の「プロメテウスの火」の例は、この点をはっきり指摘するものだろう。

最近はオール電化の家とかもある。生の火に向き合う機会がだんだん少なくなって、火の扱いを知らない子どもたちも増えているようだ。これはある意味、文明的退化ではないだろうか。

火を扱うなら当然マナーもわきまえる必要がある。これはとても文明的なことだ。たとえば、路上で喫煙して、捨てた吸殻を足でもみ消すならまだしも、そのまま落としているならかなり野蛮なことだといえる。当人がいかに「文明の利器」を活用していても、これは是非もなく人類史基準で野蛮なのだ。つまり、文明とは多分に精神的なものだといえる。

寒くなってきたが、冬になると放火事件が増える。放火なんて野蛮な犯罪の最たるものだが、東京の火事の原因には、放火の占める割合が高いそうだ。物質的に文明化されていることが、精神的に文明化されているとは必ずしもいえない。こういった放火が公共財に向けられるとすれば、まさにバンダリズムの典型である。

書評:江戸の妖怪事件簿 田中聡著 集英社新書

柳田國男やW.B.イェーツの残した記録には、当時の庶民が遭遇したリアルな怪異が記録されている。私たちにとってリアリティの感覚に大きな断層を感じさせる記録だ。この本では、江戸時代を背景に、”リアルな”妖怪事件を真正面から取り上げ、この問題をさらに深く考察している。

こんな話が残ってます的な民俗誌としても面白い。しかし、おのずとリアリティとは何かと考えさせられるだろう。村を挙げて妖怪の襲撃に対抗した公な記録が圧巻だ。村人たちは「本当は」何を見たのか、現代人の感覚では了解することがとても難しいと感じるはずだ。少なくとも筆者はこの断層まで読者を導いてくれている。その向こうを分析するとなると、知識社会学や精神医学などの領域になるはずだ。

しかし絶対的な相対主義の立場に立つと、それらの学問領域も、しょせん一部の現代人が使う理解のツールではないか、と考えることができるだろう。それどころか、現代人のリアリティ感覚だって本当は脆弱なのでは?

最近、テレビ番組オーラの泉が終了したようだが、死者が生者の背後に立ち、影響を与え続けていることを確信する人は多いと思う。つまり霊魂(幽霊?)実在説になると思うが、妖怪や妖精を信じる人は少ないはずだ。

ところが、この本によると、幽霊なんて断固存在しないと考えながら、妖怪の存在を信じていた人が江戸時代には多くいたらしい。このリアリティの根拠の違いって何なんだろう?なかなか知的鍛錬の機会を与えてくれる本だ。

アイルランドの曲 Bruach na Carraige Baine(白い岩の海辺)

アイルランドの大地と海、風を感じる骨太のエアーである。

僕自身のレパートリーの曲でもある。

最近は車の運転中によく聞いている。いい曲だと思うのだが、アイルランドのCDにはそれほど入っていない。僕の聴いているCDは、RivendellのBlessingというアルバム 、ハープとボタンアコーディオンのユニットの曲で、お二人は日本人、林太郎さんと由佳さんだ。この二人にアイリッシュフルートのHataoさんが参加している。それだけでも、ゴージャスなのだが、なんとゲール語の歌詞まで付いている。こんなの、アイルランドにもない。

始まりの部分、懐かしくやさしい由佳さんのボタンアコーディオンがいい。アイルランドの緑や大地の感触だ。林太郎さんのハープは木漏れ日や大西洋の波のきらめきを連想させる。そして、Hataoさんのフルート。これは風、ビブラートが浜辺の強風をイメージさせてくれる。全体のイメージとして、晴嵐の海辺を感じる。

僕はこの曲を聴くと、潮風の中にいるように感じる。なるほど、この曲は、アイルランド西南地方、あの突き出た半島の一つベラ半島が産地のようだ。荒れ果てた岩肌が連なり、ストーンサークルなど多数の古代遺跡が点在する魅力ある地域である。

正義(justice)について(市橋達也容疑者逮捕に関して)

昨日の大きなニュースといえば、市橋達也容疑者逮捕である。

被害者リンゼイさんの父のコメントの中にJUSTICE(正義)という言葉があったが、ぼくは、新鮮な印象を受けた。

日本の場合、重大犯罪の被害者とその遺族は、正義を実現せよ、とかこういった発想はあまりしないからだ。日本的に、加害者に深い反省の情を求める、これはとてもウエットでパーソナルな発想である。

もちろん、イギリス人だってそれが望ましいと思うだろう。ただ、当然に期待すべきこととは思わないように感じる。犯罪者と自分たちが同じ共同体、つまり心情的に共感の基盤があるとは考えていないからだ。だから、正義といった公の価値観が前面に出る。

最近、日本の刑事司法制度の中に、被害者や遺族が刑事裁判に参加する制度が取り入れられた。多くの被害者の関心は、反省を自ら問いただすことにあるが、かえって落胆する事例が多いそうだ。残念ながら、そもそも刑事裁判は正義を実現することが第一の目的であるし、凶悪な犯罪者ほど共感の心理的基盤はない。もし刑の軽減目的に反省の言葉を述べたとしたら、かえって正義に反するだろう。

付加的こういった修復的司法の観点も必要だが、やはり刑法の中核は、応報と社会防衛にあると思う。

これは余談、法務省の英訳は、Ministry of Justice である。

一般社団法人を創る提案

このタイトル、意外ですか?私的にちょっと気になるテーマなので書いてみます。

このブログをご覧になる方は、アイルランドとかケルトとか、そういった趣向を持つ方が多いと思います。それはまったくの個人的趣味で完結している場合もありますが、任意サークルとかある程度の団体性を持って関わっている場合も多いのでは?

研究団体もあれば、国際親睦団体もあるし、音楽を学ぶとか、ダンスを学ぶ団体もあります。少人数でささやかに運営しているうちはよいのですが、だんだん会員が増える、いろいろなイベントを手がけるといった形になってきますと、組織運営やお金の管理が問題になってきます。セミナーを開いたら結構いい収入になったけど、このお金だれのもの、とか。こうなるとれっきとしたビジネスなんですね。硬い言い方をすると、法人格が欲しいところ。

たとえば、海外からプロのミュージシャンを招いて公演を企画したり、ワークショップを開こうとか、きちんとギャラを払うとなるとそれなりの受け皿が必要になります。つまり、正規の興行ビザが取れるとかできないと違法ビジネスになってしまうおそれもあります。

ではどんな受け皿がいいのか?会則もはっきりしない任意サークルでは難しいでしょう。かといって、サークル的な団体を株式会社にするのもなんだか変です。

こういった場合、最近の法改正で設立できるようになった一般社団法人が一番適切だと思います。これは旧来の社団法人やNPO法人に近いものですが、公益の縛りがない分、かなり簡単に設立できる法人です。

複数の人が会費を出し合って運営しているような○○協会とか、このような基盤があれば移行しやすいでしょう。中心となって働く役員の人には、ささやかに年俸が支給されるようなイメージが現実的だと思います。また、知識や技能を認定する主体というものアリかと思います。ゲール語検定なんて、荒唐無稽ですけど。

ただし、法人税を払ったり登記の手続が必要になる点は株式会社と変わりありません。この点は面倒ですが、社会的な認知度と信用が高まりますから、これまでよりいい仕事ができると思います。

東京のボーダー地方(南大沢近辺)

昨日は緑花試験のため、首都大学東京(このネーミングどうにかならないのか?)へ行った。最寄駅は南大沢、京王線である。

この地域は東京と神奈川の境である。ぼくは、勝手にボーダー地方と呼んでいる。ボーダー地方といえば、本来スコットランド南部、イングランドとの国境地域のことくをいう。それなりに特色のある地域で、たとえば有名な犬種ボーダーコリー(大好きである)はこの地域にちなんでいる。

しかし、東京のボーダー地方は本来何もない!特に首都大学東京のあったあたりなんて、水田もなく、炭焼きくらいしか人の営みがなかった。実際に、ぼくは最後の炭焼きのおじさんに出合った経験がある。また、大沢というくらいだから、多摩川の支流の源流があって、サワガニが採れるような場所だった。

東京の土地開発が最後に到達した場所、フロンティアといえばよいだろう。大規模な開発が一から行われ、住宅地が広がり、駅前にはやたらに巨大な総合ショッピングセンターがある。いわゆる田舎ではなく、無機的なベッドタウンだ。緑は都心よりずっと豊かであるけれど、奥多摩のような深みもなく、里山ののどかさもない。

地域として独自の歴史や文化が熟成されるためには、何百年もかかるものだろう。この先どんな変貌をとげていくのか、都市考現学といったらおおげさだけれども、少し興味を感じた。

秋も深まり、土手は黄色の花で埋まっていた。セイタカアワダチソウの群落である。こういった植物の植生を観ていくことからも、地域の変遷がわかると思う。

で、肝心の緑花試験だが、前回は1級が取れた、今回は特級を目指していたのだが、自己採点の結果では微妙である。

ダニー・ボーイのこと

自動車の運転中にダニー・ボーイを聞くことを心がけたおかげで、歌詞を暗記することができた。今夜は、ダニー・ボーイについて少し書いてみる。

この曲は、おそらく日本も含めて世界で最もよく知られたアイルランド民謡である。ただし、微妙な点が数多い。

別名ロンドンデリー・エアー。ロンドンデリーとは北アイルランドの地名であるが、この曲が採取された場所である。で、問題はここから始まる。

当然ながら、北アイルランドは政治紛争の場だ。最近は融和が進んできたようだが、プロテスタントとカトリックがにらみ合っている。外国人である日本人には関係ない?いえ、ロンドンデリーという呼び名はプロテスタント系が使うらしい。カトリック系はデリーと呼ぶようだ。現に地図の表記も二種類ある。

ロンドンデリーと言うと、それだけでプロテスタントに荷担していることが推定されてしまうおそれがある。こんなわけでこっち曲名はちょっと気をつけた方がよいだろう。実際、アイルランドでもダニー・ボーイの方が曲名として一般的だ。

第二に微妙な点、アイルランドの伝統音楽家はこの曲を演奏したがらない!アイルランド音楽の楽譜集にもまず出てこない。しかし、外国人向けお土産CDの定番曲ではある。

非常に屈折した曲だ。そもそも、アイルランドの曲なのかといえば、それは本当らしい。歌詞がつけられ突然アメリカで爆発的に有名になったようだが、アイルランド本土ではほとんど知られていない曲だったそうだ。

本来、伝統曲には、時間的、地域的な広がりがある。このため人から人へと伝えられるうちに、個性の角が取れて丸くなるとか、違うバージョンが派生するとか、そういったことがおきるものであるが、この曲はユニークで個性が強い。個人的に作曲されたそのままの曲といったらよいだろうか。

完成度が高く、民謡的な土臭さがないといえば、そのとおり。アイルランドの最も伝統的な歌の様式、これをシャン・ノースと呼ぶが、実に朴訥とした歌唱法だ。ダニー・ボーイはとても劇的な抑揚のある曲であるため、とてもシャン・ノース向きではない。

実際に歌ってみるとよくわかる。一般の人なら、さびの部分のがくんと上がる高音に苦労すると思う。このとき、オペラ家歌手の真似みたいなことになるはずだ。僕などは、一人で歌ってもこの部分が気恥ずかしいと感じてしまう。

とはいえ、いい曲には違いない。僕は東京の中野サンプラザに通ってアイリッシュダンスを習っていた。このビルの前の広場には時計付きのモニュメントがあって、決まった時刻に流れる曲がダニー・ボーイだった。もちろん、アイリッシュダンスとはまったく無縁に、日本でもおなじみのあの曲としてそれは流れていたのである。

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