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足利事件と裁判員制度

当然ながら、冤罪とは深刻な問題である。真犯人は野放し、無実の人が刑を受ける。そして、無実を訴え続けると、量刑では圧倒的な不利、そして仮釈放の機会も失う。このケースの場合、一生刑務所で過ごすことになっただろう。

ところで、始まったばかりの裁判員制度であるが、おそらく厳罰に傾く傾向が明らかになると思う。このケースの場合、初犯であっても反省がないとされ、有期刑のはずが無期刑になったと考えられる。もし、これから裁判員制度だったら、死刑判決の可能性もあるだろう。そうしたら、無罪を訴える当事者自体がいなくなり、判決が見直される機会はさらに少なくなる。

DNA鑑定をはじめ”最新の科学”は、信頼に足るものだと理解されやすいものだ。ただし、どんな時代にも”最新の科学”はある。

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