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2009年6月

アイルランドの百合

初めてアイルランドに言った時のこと、遅く到着した宿の玄関には真っ白な百合が生けてあった。長旅を終えて初めての外国の一夜を出迎えてくれたのは、圧倒的な芳香を放つこの百合の花々だった。

エキゾチック?いえ僕にとっては全然。しかしアイルランド人ならそうだろう。なぜならこの百合の品種は、カサブランカ、すなわち日本の百合を交配して作られたものだったから。もともとアイルランドには、日本でいうところの百合に該当するような植物は自生していない。この芳香は紛れもなく、ヤマユリ、僕が昔からなじんだものだった。つまり、西の果ての国で、もっとも懐かしいものに出会うことができたわけだ。おそらく、においとか香りは、五感の中でも一番過去に結びついているものだと思う。

こんなことを書くのも、仕事で訪問した老人ホームで、カサブランカの花に出合ったからである。今日の依頼人は、90歳を過ぎたご婦人であったが、玄関の百合の花に気づいていただろうか。この人は、慣れないホーム暮らしで、自室に引きこもりがちだった人。僕が仕事を終えたら、「やっとこの付近を見て歩きたい気持ちになりました」と行ってくれた。もしそうなら、もうすぐこの花の香りを楽しんでくれるに違いない。

アイルランドと百合について余談を一つ。アイルランドはカトリック色の強い国だ。聖母マリアが出現した村さえある(バチカンの認定済み)。聖母マリアは、白百合のイメージと結びついているので、おそらく百合はグレードの高い植物だと思う。

多くのアイルランド人は、日本にも飢饉があったというと大いに驚くが、飢饉の時には百合の球根食べてましたといえば、仰天するかも知れない。ただし、相当ばちあたりなイメージではある。このことは日本人さえ忘れているが、その名残は今もある。たとえば、古い田んぼの脇には、オニユリが咲いていることがある。つまり、代用食の残りなのだろう。ヒガンバナ、英語でいえばスパイダーリリーだが、これはオニユリよりずっと多い。こっちの方が飢饉の代用食として有名だが、本当に使えたのか、疑問視する説もある。トライしてみた人の話では、とても食えたものではないそうだ。だからこんなに残っているのか・・・

足利事件と裁判員制度

当然ながら、冤罪とは深刻な問題である。真犯人は野放し、無実の人が刑を受ける。そして、無実を訴え続けると、量刑では圧倒的な不利、そして仮釈放の機会も失う。このケースの場合、一生刑務所で過ごすことになっただろう。

ところで、始まったばかりの裁判員制度であるが、おそらく厳罰に傾く傾向が明らかになると思う。このケースの場合、初犯であっても反省がないとされ、有期刑のはずが無期刑になったと考えられる。もし、これから裁判員制度だったら、死刑判決の可能性もあるだろう。そうしたら、無罪を訴える当事者自体がいなくなり、判決が見直される機会はさらに少なくなる。

DNA鑑定をはじめ”最新の科学”は、信頼に足るものだと理解されやすいものだ。ただし、どんな時代にも”最新の科学”はある。

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