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2009年4月

アイルランドに亜麻の花の咲くころ

うちのシャムロックが花盛りだ。亜麻(リネン・フラックス)も咲いている。

アイルランドの象徴としてのシャムロックは宗教的な意味そのものである。ただ、花はほとんど問題とされない。その三つ葉がキリスト教のオーソドックスな教義=三位一体を表現した聖なるものとして重要なのだ。

この点リネンは、もっと実際的。アイルランドの地場産業として、リネンの生産があるから。そういえば、去年のアイルランドからのクリスマスプレゼントはアイリッシュ・リネンのテーブルクロスだった。

リネン(Linen)つまり亜麻は、「亜麻色の髪の乙女」といった表現がなされるが、それは繊維としての亜麻であり、亜麻の花は薄青色が主である。アイルランドでは7月ころ咲く。アイルランドの彩りは緑に限るべきではないと思う。リネンの青もその一つに挙げたい。

繊維としてのリネンと花としてのリネンは別物だ。かつて、アイルランド中央部、ミース県で一面花盛りの亜麻畑を見た。このころのアイルランドといえば、白夜に近い。昼でもない夜でもない長い長い黄昏時の時間がある。この妖しい時間帯に、薄青色のリネンの花が地上にたなびく霞のように広がって、天と地の境目も茫々としていた。

夜と昼の境目は、この世とあの世の境目とイメージされるもののようだ。日本で魔性のものに出会う時間とされるように、ある伝承によれば、アイルランドでも妖精に出会う時間とされている。このとき、妖精に出会った記憶はないが、束の間の妖精の贈り物を目にすることができた。黄昏時のリネン畑を見るだけでも、十分に妖精の賜物だと思う。

アイリッシュダンスとタップダンスについて

先の記事に書いた僕のダンス仲間とは、実はタップダンスを学んだ仲間である。今日はアイリッシュダンスとタップダンスの違いについて書いてみよう。

タップとは、そもそもコツコツ音を立てるという意味だ。結局のところ、タップダンスとは、金属のチップのついたタップシューズで踊るダンスのこと、としか定義のしようがない。このため極めて自由度の高いダンスの様式といえる。普通はジャズが多いにせよ、どんな音楽にも乗せられるし、達人ならばたとえ音楽なしでもいける。

このように自由度が広いため、流派によってその内容は相当に異なっている。A先生のところで学んだ人が、B先生のグループの中ですんなり踊れる保障はない。先の記事では、アイリッシュダンスの普遍性について書いたが、この意味でタップは実際に踊るという場面での普遍性はない。

僕は、発表会ステージに出るために特定の振り付けを学ぶ必要があったが、これは師匠のオリジナルか、師匠の属する団体内部で共有しているものだろう。その分、タップダンス関係者が一同に集う大きなイベントでは、まさに百花繚乱の趣で楽しむことができる。

一方、アイリッシュダンスの様式の多くは、まさにコツコツとタップする打撃系ダンスだ。金属チップは使わないにせよ、この意味でタップするダンスなのだが、革製のソフトシューズを使う様式もある。

決定的な違いは、まず音楽ありき、ということ。アイルランド音楽のリズムの基本形、すなわちリール、ジグ、スライド、ホーンパイプなどの違いが聞き分けられなければ話にならない。そして、これを身体にシンクロさせること、これがアイリッシュダンスの第一歩となる。反対に、ダンスを想定しないアイリッシュ音楽というものは、本来ありえない。アイルランド音楽において、唯一の例外は、歌唱を目的としたエアーと呼ばれる形式である。

最近、アイルランド音楽を楽しむ人が多くなっていることは、喜ばしいと思う。ただ、残念なことは、少しでもダンスを学んでくれたらなぁということ。ほんのちょっとステップが踏めるだけでいい。それだけで魅力倍増だと思う。そもそも、ボディに反応させることを主眼に進化してきた音楽なのだから。

アイリッシュダンスのこと

最近昔のダンス仲間に会う機会があったので、今日の話題はダンス。

数年前のこと、アイルランド西南地方の海辺のパブでセットダンス・ケイリーに参加する機会があった。セットダンス・ケイリーとは、音楽を主体としたイベント(ケイリー)で、セットダンス(アイルランド式の社交ダンス)を楽しむ集いのこと。

適当に自由参加、ミュージシャンでもダンサーでも、単なる観客でもいい。これがアイルランド式である。セットダンスでは、ペアになった男女4組で踊ることになるが、厳格に動き方の様式が決まっている。この動き方は、○○セットと呼ばれるものがたくさんあり、メジャーなものや地域特有のマイナーなものまでさまざまである。ダンスに個性があるとすれば、あくまで足技にある。一定の基本に則しながら、さらに上級の技を披露してもかまわない。このアイリッシュダンス特有の激しいビートをバタリングという。バタリングまでできるようになれば、アイリッシュダンスを本当に堪能できるといえるが、僕はその域まで達していない。

僕はこのときまで、海外でアイリッシュダンスを踊ったことはなかったが、よく知ったダンスセット(この時はプレーンセット)に参加できたこともあり、あっさりと参加できたことに我ながら驚いた。日本で学んだとおりに踊ればよかったからだ。

このとき僕のパートナーをしてくれたのはドイツ人の女の子だった。「へぇー、どこで習ったの?」と彼女はいうが、それはお互い様だろう。アイルランドではどっちもガイジンである。

アイリッシュダンスは、もともとコテコテの民族系、伝統系のダンスである。でも、ものすごく普遍的でもある。アイリッシュダンスの基本書を空港で売っているくらいだ。また、これだけできれば何とかなるという敷居も低い。ヨーロッパの端っこの国の、端っこの半島の先っちょでたまたま会ったガイジンどうしで、いきなり踊れてしまうものなのだ。

法律のファンダメンタルについて (ヨハネス ドゥンス スコトゥスのこと)

最近、裁判員制度についてこのブログの記事を書いているので、同じく法律の関連でヨーロッパ中世哲学についてすこし書いてみよう。

刑事訴訟法の渥美東洋という著名な法学者がいる。僕は、彼の講義に一度だけ出席したことがある。まさか、いつもこうだとは思わないが、近代的自我の話、デカルトに始まって刑事訴訟法につなげるくだりは圧巻であった。まさに、哲学とは基礎学なのだ。

非常にマクロな視点であるが、近代的自我なくして現代の法体系は成り立たない。教科書的には、デカルトに話が始まるが、中世の末期、その基盤を考えた哲学者がいる。それが、ヨハネス ドゥンス スコトゥス(Johanes Duns Scotus)である。

この意味で彼は中世を終わらせる幕引き役の一人であった。余談であるが、このブログの表題にあるエリウゲナ(Johanes Scotus Eriugena)は、中世の幕開けをもたらした哲学者の一人である。つまり、ヨーロッパの中世の始まりと終わりに、二人のヨハネスがいて、一人はアイルランド人(エリウゲナ)であり、もう一人はスコットランド人(ドゥンス スコトゥス)だ。

エリウゲナについてはまたの機会にお話してみたい。で、ドゥンス スコトゥスなのだが、この人が自由意志(意思)について精緻な理論を展開した。これは、人類史上画期的なことだった。つきつめれば良くも悪くも、人間は自由な意志で行動できるということ。現代の私たちにはあたりまえのように感じるだろう。しかし、それはそれだけ根深く知らない間に、私たちが過去の歴史を受けついでいるからだと思う。

故意とか過失、錯誤など基礎的な法律の概念は、すべてここから発生してくる。個人主義や自己責任の源なのだから。

もしあなたが、裁判員になって殺傷事件を担当することになったら、殺意の有無が重大なポイントになるはず。また、被告人の精神状態(責任能力)が問題にあることもあるだろう。ドゥンス スコトゥスが700百年前に考えたことを、改めて私たちが日本の法廷で取り上げられることになるのである。

今日はこれまで。

最近、硬いネタが続いたので、次回は柔らかくいこう。ダンスの話とか。

裁判員制度と量刑問題

前回、裁判員制度について書いたが、さらにもう一つ。

裁判員制度は、アメリカの陪審員制度「みたいなもの」だ。しかし、根本的に違うことは、無罪か有罪かだけではなく量刑の判断も行うことにある。つまり、「この人有罪!」アメリカだったらこれで済むが、日本の裁判員は、刑の重さも判断しなければならない。殺人罪なら、懲役5年から無期、死刑までさてどれにするか、となる。このように日本の刑法は実に融通がきく。

実際は、どれにするか、なんて定食のコースを選ぶようにいくわけがない。よくテレビの報道を見て、「こんな悪いヤツは死刑だ!」と憤慨している人がいるが、裁判員は直接本人に会い、質問もできる。相手は目の前にいるのだ。評議のうえ決めることにせよ、自分の判断如何で人を殺すこともできる。この判断を軽く済ますことができるとすれば、凶悪犯罪者の感覚と大差ないだろう。

有罪、無罪の問題だけなら、ある程度感覚で対処できる。「これだけの証拠があれば黒だろう」と判断すればいい。ところが、量刑となるとその人の「哲学」が如実に出る、と思う。そもそも刑罰の意味とは何か、と考えざるを得ない。刑罰とは、悪を断罪する正義の実現か、犯罪者に更生の機会を与える教育なのか、犯罪者を隔離し社会を防衛することなのか、裁判員となるまで考えたこともなかった人が大半だろう。マスコミ報道で知るよりも、生のおぞましい犯罪記録を知ることにより、厳罰傾向が高まるとは思う。百聞は一見にしかず、というが本当の現場を知るインパクトは大きい。一方、被告人の生い立ち、犯罪に到る経緯を知ることにより、むしろ被告人に同情する例もありうるはずだ。

裁判員制度とプラトン主義

裁判員制度の実施が近づいているので、この制度について哲学の味付けで少し書いてみよう。

この制度、広く一般国民に司法への参加を促すことで(強制である)、適切な司法判断がなされることが期待されている。いわばより民主的な裁判の形だろうか。

民主的といえば、文句なしに正しいこと、と私たちはいつの間にか信じ込まされているが、善悪の問題、あるいは科学的な真理の問題など、多数決で判断されるものであるとはいえないだろう。多数決とは、正しいことを発見する手段ではなく、政治的妥協の方策にすぎない。

カンボジア、ポルポト政権下での大量虐殺は、全くもって「民」主導の司法判断の結果であった。中国、文化大革命下でも人民裁判も同じく民主主義の「成果」である。時代をぐっとさかのぼり、古代ギリシャ、アテナイのソクラテス裁判も世界史的な元祖民主主義政権下でのできごとだ。この顛末を描いたものがプラトンによる「ソクラテスの弁明」。

この古代の裁判記録、人類最古の裁判記録かも知れないが、今なお人類史上最も重大な裁判記録である。このソクラテスの弁明から、西洋文明が始まったといったら言い過ぎだろうか。

結局、民の力に押し切られ、ソクラテスには死刑判決がなされる。その反動としてプラトンの有名な哲人政治の主張があるのだろう。つまり、真理に最も近い人間=哲学者が主導者となることが最適であるという考えだ。これもまた極論であるから、現実にプラトンは政治家として失敗している。

当然、裁判員が哲学者や法学者になる必要はない。当局も法律知識は要らないと述べている。”だから大丈夫、あなたにもできます”といいたい感じなのだが、司法判断にはどうしても抽象的な判断の基準が必要となるものだ。これぞプラトニックなものである。裁判員制度に基づく裁判が人民裁判になってしまわないためには、少なくとも正義とは何かと問うセンスが欲しいとは思う。

そもそも、わが国の司法制度は西洋からの外来のものである。その意味でいえば、プラトン主義とも無縁ではないのだ。

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