ゲド戦記 炉辺の光景
また彼に会うことができた。最近、ゲド戦記の第一巻を原書で読み始めたからだ。
ゲドは、例のアニメでは、もったいぶったことを言うつまらないおじさんだった。しかし、この第一巻では、少年~青年ゲドに会うことができる。もしあなたがアニメだけのゲドしか知らないのなら、ぜひ、本の中のゲドに会っておいた方がいい。なぜなら、人生でとても大切なことを教えてくれると思うから。
最初に読み、ずいぶん経ってから読んでみて気づいたことがある。それは、炉辺の持つ意味だ。炉辺は重要な転機を暗示する状況設定だと思う。トールキンの「指輪物語」でも、この長大な旅の始まりは炉辺だ。この時、フロドはガンダルフから運命を授かることになる。
また、ゲドがその魔力を認められるのは、村のまじない師の炉辺だった。破滅の瀬戸際から立ち返り、師匠オジオンから進むべき道を示される場面も、親友であるカラスノエンドウ(Vetch)と最後の対決に向かう決断も炉辺である。
西洋では、暖炉があり、日本には囲炉裏があった。元来、このような場所は、個人の経験を越えた智慧の集積する場所でもあると思う。たとえば、神話や民話は、火を囲んだ無数の心が創った織物なのだ。火を前にして語られる言葉は深く、心の芯まで届く。
現代の文明化された生活様式の中で、「生の火のある場所」を失いつつあることは重大な損失だと思う。そこは、人と人との絆が確認される場所であり、また言葉の力が最も発揮される場所でもある。心が道に迷ったらそこに還ればよかったのだ。