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花と愛とイデアについて

花の季節になった。

今年の春は、アイルランドの野草を咲かせて楽しんでいる。アリッサム、ストック、デイジーなど園芸植物の原型を発見する楽しみもある。

自然にある野の花を人間の好みで改良した結果、園芸植物がある。

では、そもそもオリジナルな花、それが虫媒花なら誰がつくったのか。進化論が答えてくれる。それは虫たちだ。

人は花に「美しさ」を観る。虫たちが人間のように「美しさ」を感じているとは到底思えないが、そこに何かを感じてきたことは明らかだ。ともあれ地質学的時間を費やして、虫たちが選び続けた結果(審美的な自然淘汰?)、地球は花咲く惑星になった。

プラトンにとって「美しさ」とはイデアの筆頭であるが、どうやら生物種を超える普遍性があるらしい。この世の現象界の裏側に「何か」があるというプラトンの洞察は、このように進化論が補強している。

エリウゲナは、自然の階梯を記述し、段階を経てこの世に流出し続ける「至高な存在」を示唆した。これも、「この世」の裏側である。

そして現代哲学。A.N.ホワイトヘッドにおいては、プラトンのイデアに相当するものを「永遠的対象(永遠的客体)=eternal object」と呼んだ。それはプラトンのイデア界のようなはるかな高みにあるのではなく、いま、ここに「進入=ingression」しているものであるとされる。この視点、なかなかダイナミックである。

花についてもう一つ。

イラクのシャニダール遺跡はネアンデルタール人の墓であるが、埋葬時に沢山の花々が手向けられていたことが判明している。虫だって花に何かを感じていたのなら、いわば隣の人類=ネアンデルタール人なら当然のことだ。この死者は、愛され、惜しまれていたのである。

いま、ここの花は全くの固有物であるが、普遍的なイデアに感応することができれば、時間を超えた共感が波紋のように広がる。それは「善いこと」。これもイデアである。

花束をあげる人は、もらう人と同じく幸せである。普遍とは、結びつけるものだから。

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