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2008年2月

Cavan Potholes

明日、都内のアイリッシュ・パブで演奏をする。

演奏といっても、まぁ、発表会のようなものだ。楽器を何にするか、アイリッシュ・フルートにするか、ティンホイッスルにするかで迷ったが、ティンホイッスルにした。一緒に演奏される楽器がローホイッスルだからだ。つまり、1オクターブをずらす同型楽器の編成である。

いまどきの、ティンホイッスル奏者は、アイルランドのものを除き、アメリカのマイケル・バーグ作製のものが、主流になりつつあるように思う。マイケル・バーグのそれは、高音がよく出るし、第一音がいい。ティンホイッスルの最高進化形態かも知れない。アルミ製なので、全然ティン(鉛)ではないのだが。

しかし、今回あえて、G.Schltz製にした。木製である。G.Schltz氏はアメリカ人であったが、詩人でもあった。購入に際し、メールをやりとりしたが、あまり商売上手ではなかったように思う。詩人とはそういうものだ。

しかし、彼の作品(ティンホイッスル)はいかにも手作り職人風で、私はなかなか気にいっている。マイケル・バーグのように機能的ではないが、とてもぬくもりのある音だ。

このティンホイッスルが届いたのち、すぐに彼が亡くなったことを知った。今回の演奏は彼に捧げるためのものでもある。

曲目は、Cavan Potholes、シャロン・シャノンがアコーディオンで演奏している、ドーナル・ラリー作曲のリール曲である。

耳をすませば

久しぶりにテレビで、「耳をすませば」を観た。

青い恋愛シーンはいつ見てもたまらない。くすぐったい恥ずかしさ、といったらよいかもしれない。

この舞台のモデル、多摩市聖蹟桜ヶ丘で中学生生活を過ごしたわけではないが、馴染みの街である点で、なおさらひとごとではないと感じてしまう。

最後のシーンはもちろん、すばらしい。この場所今は立ち入り禁止となっているが、マネゴトしたカップルは多いんじゃないか、と思う。

自分的には、聖司がクラシック調にカントリーロードのイントロを始め、雫が歌い、いつも間にかセッションが始まっているシーンがいたく気に入っている。

リコーダーの間奏が効いている。ビジュアル的には、リュート、cornettino?の登場がマニアックで頼もしい。この地球屋のあるあたり、現実には2個所あるが、いずれも春には桜が美しい場所だ。

時間について

誰でもあることでしょうが、子ども時代のワンシーンの思い出がふと、よみがえることがあります。

学校から家に帰る砂利道を歩いていたときの思い出。

たぶん小学4年生。4年3組の生徒だったはず。SF小説か何かを読んだので、未来の世界についていろいろ考えた。

未来といっても、100年先も、未来だし、10年先、1日先も未来。

そうすると、1秒先、0.5秒先も未来だ。一体、未来の世界っていくつあるんだろう。まるごとこの世界がそんなにあるのだろうか、時間なんていくらでも、細かくできる!

結論、やっぱり、過去もそうだけど、未来なんてない。あるのは、今だけ。

子ども心に寂しい結論に達しました。「今を生きるしかない・・・」やっぱり、ドラえもんはいくら待っても来ないはずです。

デスノートのノート

「デスノート」について思いついたことがあるのでノートする。

死因は殺害も含め、人の寿命があらかじめ決まっている、ただしこの変更がデスノートによって変更可能というのがこの話の前提。

つまり原則は運命論である。本来は、たとえ凶悪犯罪の被害に遭ったとしても、それは犯人が「任意に」行ったことではない、ということになる。本人の自覚がどうあれ、運命に操作され犯行を行ったわけだ。自由意思のない世界に、責任は発生しない。

殺人などを犯した「凶悪犯罪者」が、多数デスノートによって殺害されていくが、この犯罪者たちが運命に操作されるままに人を殺していたとするなら、責任を問えるのだろうか?

デスノートによって運命を変更し、任意に人を殺すことができるとすれば、本当に殺人が成立するのはデスノートの使用者だけだ。

が、デスノートの使用が「運命」ではなかったということは、どうやって確かめたらよいのだろう?「運命」とは、Lとキラのやりとり以上に、トリックを含む言葉である。

謹賀新年その2

今年も、あとわずかになりました。

今日は大晦日、あすから新年です・・・・

変ですか?旧暦では、これから新年になります。新暦の年月日は絶対的なもののように思えますが、旧暦は今も健在です。

というより、自然界的には、旧暦の方が支持されるでしょう。特に海の生物は。なぜなら、潮の満ち欠けが月齢に直結するからです。

明日は新月です。闇夜から旧暦の一年が始まります。

プチ・薬草学

今夜の話題はハーブです。

一般にハーブと呼ばれる植物には香りと薬効が期待されています。

この点、どちらかといえば、私は薬効派です。自分で採取したものを含め、ガラス瓶にハーブを収集して楽しんできましたが(人に調合することも楽しみですが)、最近は自分用ブレンドが定まってきました。

この時期、風邪をひきたくない、ひいても早く直したいので、エキナセアとシベリアンジンセングを基本としています。詳しい方には分かると思いますが、このブレンドは免疫力強化と体力維持のモードです。シベリアンジンセングについては抗ストレスの効能が大きいようですが、要は心身の抵抗力をつけましょうって、感じです。

このブレンドは、あまり香りを期待できないのですが、シベリアンジンセングはほのかにいい香りがします。有名な朝鮮人参の遠縁のこの植物は、香りだけでも効きそうです。

エキナセアは、免疫系を整えるということで、花粉症対策にも使われることがあるようです。しかし、私にこの症状はないので、体験的に確認できません。興味がある方のレポートがほしいところです。

ただし、西洋的な薬草学は、ブツ→効果 のような単純な図式です。しかし漢方処方によれば、ブツ→体質→効果となります(すごく単純化してますが)。その人なりの症状を見て「証」、処方することが漢方の基本ですし、これが腕の見せ所なのですが、西洋のハーブの処方もこの体質という「媒介変数」をもっと考えるべきと、私は思います。Aさんに効果があってもBさんにあるとは限らないということです。

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