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2007年11月

ケルティック・クリスマス

この季節になると、私の通っているティンホイッスル教室の曲目もクリスマスに関連するものが多くなる。

「Good people all, this Christmastime」は相当に古いクリスマスキャロルであるが、ロリーナ・マッケニットが歌っているCDが比較的手に入りやすいと思う。この曲は変則的な半音が多用され、初めは違和感があるが、しだいに心の奥深くに浸透していく深みがある。

この曲を聴くと、多くの人が深い雪の積もった夜の景色、闇の深さとロウソクの灯の明るさのビジョンを観る。不思議な一致だ。

人の経験とは、どこかで深層がつながっていると思う。このような古い曲が持つ力の一つだ。

妖怪と妖精

実写版「ゲゲゲの鬼太郎」を観た。

さて「妖怪」を英訳したら何か。本質からすればフェアリー(Fairy)だろう。アイルランドの妖精もそこそこ種類があるが、せいぜい動物系の妖精止まり、物系の妖精はいない。これはちょっと発見かもしれない。

輪入道、ぬりかべ、一反もめんなど物系妖怪キャラクターは、日本の文化の象徴といってもいいくらいだ。まさに「物の怪(もののけ)」、物にも命が宿るという発想は日本の文化の相当深いところに関係している。

日本の国歌の歌詞もこのことに関連している。アイルランド国歌「戦士の歌」は、いかにも苦労して独立した小国らしくて分かりやすいが、日本の国歌は神秘的だ。石が成長して巨岩になる様を歌っている。石にも命があるのだ。

話をもどそう。「妖怪」を「妖精」として英語圏で説明するとして、そのコンテンツは結構難しい。ハリーポッターの中では、河童はkappaだった。これは仕方がない。まさかriver childではおかしいだろう。

では、目玉の親父は、どうするか、まあ、そのままeye ball father でいくか。猫娘はcat girl でよしとして、輪入道はring monk?子泣きじじいはbaby cry old man ?だんだん妖しく?なってくる。砂かけばばあは、sand shot old woman ?意味不明の英語になりそうだが、「ばばあ」をhag (鬼婆)とすればイメージが翻訳できるだろう。

年老いた女性が、怪しい力を持つという発想が日本にも西洋にもあるので、このイメージは通じやすい。また、猫は西洋でも魔性のイメージがある。猫娘という妖怪のイメージは西洋でも通じやすいと思う。一方、犬息子はどちらもありえない。

西洋と日本で大きくイメージが異なる動物がいる。狐である。子泣きじじいや、砂かけばばあは水木しげるが発掘した妖怪で、伝承のオリジナルはほとんど知られていない。しかし、北海道と沖縄を除く日本全国にとても豊富な狐の伝承があるが、狸もまたしかり。

夜道を行く人が、妖精にいたずらされる話はアイルランドの妖精話の定番だが、日本では狐と狸がその役目を担っている。Fairy=狐と狸、モチーフとしてはこうなるが、アイルランドで狐や狸(アナグマが相当?)は全くただの動物として考えられている。

したがって日本では、foxがfairyの代表なんだ、とアイルランド人に言っても、イメージが全く通じない。言葉だけの問題ではないのだ。信楽焼の狸の置物や稲荷神社の狐に馴染みがある無しの問題というより、そもそも聖書的な世界観では、人と動物の間の溝がとても大きいといえる。狐が易々と人間に化けることはできないのだ。狼男のような例もあるが、救いようのない呪われた状態とされる。

シャムロックの芽

シャムロックは、ウェールズのネギと同じくらい地味な国花だが、三つ葉の形がかわいらしく、意匠にも生かし易いため、アイルランドのイメージの一つとして大いに貢献している。

ところで、種を蒔いたシャムロックが芽を出した。図柄ではなく、生のシャムロックだ。最初はマメ科の双子葉植物の流儀にならい、楕円形の小さな双葉であるが、三枚目以降、お馴染みの三つ葉を芽吹く。図柄では分かりにくいが、やはりクローバーとはずいぶんと異なる。

聖パトリックの伝説によれば、シャムロックの三つ葉は父と子と精霊の三位一体説の象徴とされる。メジャーなキリスト教の教義の根本だ。しかしあるキリスト教原理主義のセクトによれば、これは数に特別な意味を認めた古代ギリシャ哲学の影響であり、このような異教の影響はけしからんとされる。

古代ギリシャ哲学の影響というのは、まったく正しいと思う。が、このような理論化の骨組みがなければ、キリスト教はユダヤ教の亜流にしかすぎなかったのではないかと私は考える。これは、エリウゲナとキリスト教の間のきわどい関係にも通じている。

エウリゲナはキリスト教神学を補完すると同時に、そこに新プラトン主義の種を封印した。後世のルターはこの危険性をはっきりと認識していたが、エウリゲナの蒔いた種は、ルネッサンスへと花開いていく。はたしてエウリゲナはどこまで、見通していたのだろう。

シャムロックからずいぶん横道にそれた。私は毎年、機会があればシャムロックの種を人に配っている。とにかく、かわいがってくれればよいと思っている。

緑花試験

受験をした。緑花試験、植物に関する総合知識を判定する試験である。4年ほど前受験したときは2級であったので、今回はなんとか1級と思っていたが修行不足のためおそらく2級止まりだろう。

これほど、中身も受験者層も広い試験はないのではないか、とも思う。会場を見渡すだけでも受験生の最大年齢差60歳はかたいだろう。

この試験、ごく基本的出題もあれば、相当マニアックというか、専門的な内容も出題される。今回、「ユズリハ」と「ヒメユズリハ」の分布の違いが、太平洋側、日本海側に分かれることを問う出題もあった。

とはいえ、「植物」という主題は極めて普遍的である。20年前の人類とウィンドウズについての知識を共有することはできないが、植物についてなら1万年前の人類とだって話がつく。当時も今も、食べる、毒にする、薬にする、鑑賞するというスキームは同じだし、種類もほとんど差がないからだ。

以上はSF的な仮定だが、個人的にアイルランドで植物ネタは大いに役立ってきた。一つにはフィールドを楽しむ術として、もう一つは、人との交流である。地球上どこであっても、植物と関わりのない人間の暮らしはほとんどありえない。

アイルランドの園芸家(もちろんイングランドでもよいが)と話すうえで日本人は結構有利である。もちろん、こちらもそれなりの勉強が必要になるが、同じ温帯の気候であり、栽培する植物も似通っているからだ。というより、日本原産の植物がかなり導入されているので、少しくらい偉そうにしてもよいだろう。

「貴方の好きなこの花が、野生の状態で咲き誇っているさまを、お見せすることができたらなぁ、と思います」とか・・

秋の夜長は「ティマイオス」

仕事上の必要から、通勤時間は「金融商品取引法」の解説本を読んでいる。この法律、小難しくて、分かりにくい。小難しいとは、テクニカルに走ったプロ用の法律であるからだ。そもそも、金融法制の最新のものを押さえる必要があって読んでいるのだが、”最新”のものは、時間差により時代遅れのものにもなる。ある意味、むなしい。

新しいものは、すぐ古くなる。しかし、古典と呼ばれるものの価値は、常に新しいということである。秋の夜長に読む本はこの類がいい。

プラトンとアリストテレスはよく対比されるが、読み物として面白いのは断然プラトンである。さすが、もと劇作家。というより、対話篇という点が大きい。この中のソクラテスはいつ読んでも活き活きしている。彼自身がすでにイデアみたいなものだ。

プラトンは学生のころから読んでいるが、人間生きている限り年をとる。だんだんソクラテスと年齢が近くなり、そのうち追い抜いてしまうだろう。所詮生身の人間は、イデアほどリアルではない。しばらく経てばこっちが無である。

文庫本のプラトンは「国家」を除き全て読んでしまったので、ついに全集に手を出してしまった。特に気になる「ティマイオス」はそもそも文庫本では出ていない。ヨーロッパ中世で絶大な影響力をもったといわれるティマイオスが岩波文庫から出ていないのが不思議だ。岩波文庫の「テアイテトス」をティマイオスと勘違いして何か違うと思いながら半分読むまで気がつかなかったのは、何を隠そうこの私である。

ティマイオス、これは俗に、アトランティス大陸の伝説が記載されていることで知られているが、アトランティス大陸は古代文明は抜きにしてアイルランド島だったという話がある。まあ、そうかも知れない。それはともかく、手塚治虫の「海のトリトン」など多くの文学、マンガ、その他もろもろ、この点だけでも後世に与えた影響は大きい。

かのハイゼンベルグが、量子力学の着想を得たのがティマイオスであったという話もある。ティマイオスの副題は「自然について」であるが、要は宇宙論である。プラトンの著作の中では、最も物理、数学的だと思う。絞ればまだ何かが出てくるかもしれない。また核兵器みたいなものが出てきたらこまるが、凡人が読む限り人畜無害である。

余談だが、湯川秀樹も古典には相当精通していた。特に物理学者としての発想の源は、「老子」らしい。ハイゼンベルグのプラトンとは東西のいい対比を出している。

エリウゲナは新プラトン派の哲学者だけど、ティマイオスがその思想に与えた影響とは?これはちょっと興味がある課題としてとっておこう。

三丁目の夕日

今、テレビで「ALWAYS三丁目の夕日」を見ている。明暗の差がありすぎるが、このアイルランド版は、「アンジェラの灰」だろうか。

「ALWAYS三丁目の夕日」の象徴は、できかけの東京タワーだ。町というものは、何か中心がなくてはならない。住民にとって象徴的な中心物からの距離感、方向感覚を持つことが、町の成り立ちに必要な気がする。

アイルランドのどんな小さな街にも立派な教会の尖塔があるように、東京にもそれが必要だった。東京タワーができたとき、人々はなんだか安心したに違いない。

以前、近く取り壊される家の写真を徹底的に撮影してもらいたい。という依頼を受けた。それが依頼人の生家だからだ。便器から、壁のシミまで撮影した。

この家からは、東京タワーが良く見えた。庭の木といっしょに東京タワーも撮った。この写真は、この地球上の特定の場所に、この家があったことを示す紛れもない証左である。

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