アイルランド曲集その4 Inisheer/イニシュア

もし、貴方が「アイルランド観光最もおすすめの場所は?」というなら、アラン島かなっと僕は答える。

アラン島といっても、諸島であってイニシュモア、イニシュマン、イニシュアから成り立っている(イニシュが島の意味)。景観的にも、遺跡的にも、泊まるにもニシュモアが最適なのだが、イニシュマン、イニシュアは地味だが秘境的な魅力がある(正直、この2つは行ったたことがないけど、伝聞による)。
そして、この曲は、イニシュアのテーマ曲のようなものだろう。

https://www.youtube.com/watch?v=NuK3KG6lDn0

youtubeで拾ってみた。

たぶんこの人は、ブルターニュ系のハープ奏者、そして名乗っている名前はマリオンさん。ケルティック電子ハープの演奏をいくつかアップしている。セッションしてるもう一つの楽器は、ローホイッスルだ。

観ているうちにこの動画、ぎょっとするサプライズがある。

最初、「のどかに、平和に、海辺の夕暮れっていいよね、、」とか見てるうちにだんだん後ろの背景が明らかになってくる。

まさに船の墓場!複数横たわっている。骨組みだけのものなど(木造船かも?)、竜の骨格みたいだ。アイルランドでは心当たりないし、ブルターニュのどこかだと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=Ffln6y8Pe3I

次の動画は、さらに複数楽器のセッションデビュー。こういったスローな曲は、みんなでそれぞれ練習して、初心者も歓迎で、集まって弾いてみよう!、、な、状況にあっている。楽器系サークルってところかな。

楽器がいろいろあって少し珍しい楽器は、ブズーキー。ビターとマンドリンの中間みたいな楽器で、繊細な音が特徴。本来はギリシャの楽器だが、アイリッシュにも使われるようになった。

みんな緊張気味だが、ホイッスルで始まり、ホイッスルで終わる演出は悪くない。

 

 

 

 

アイルランド曲集その3 Tam LinあるいはGlasgow Reel、そしてフィドルとは?

8ビートのダンス曲、つまりリールの一つとしてご紹介したい。

この企画では、アイルランド、、の曲ということだが、Tam Linはスコットランドの妖精バラードの主役の名前だし、Glasgowはスコットランドの都市である。なので、本来の出自はそっちかもしれないが、印象深いリールなのでご紹介しておきたい。

で、できることなら、体にリズムを反応させるように聴いてくれたら、本来のリールの味わい方である。「さあ、踊ろうよ!」まではいえないけど。
YOUTUBEで、拾ってみると、、

https://www.youtube.com/watch?v=IWNtMIsF4Cg

一人でこれだけ高揚感を与えてくれる演奏もなかなかだ。激しく、技巧的なのだが、正確なリズムが底辺に流れていることにお気づきになってほしい。かつ、よくできた演奏家はダンサーに乗りさすさを提供することにも長けている。このあたりが、フィドルとバイオリンの大きな相違とも思う。

それにしても、この人、魔性を感じるね。

https://www.youtube.com/watch?v=R2jkkKYz2x0

こっちはバンド構成でダンサーつき、途中で別のリール曲になるが、こういった組み合わせも演出の聴かせどころ。

また、チェロもあったりする。

https://www.youtube.com/watch?v=R2jkkKYz2x0

でも、楽器として、フルート、ホイッスルの笛系には不向きのように感じる。この点は、僕的に残念。

 

 

 

 

 

永遠性あるいは「SURF BREAK FROM JAMAICA」

最近、寝る前に、「SURF BREAK FROM JAMAICA 」を子どもと聴いている。
これCDなのだけど、昭和の時代はレコードだった。それも昭和の盛りの70年代。音楽というよりほぼ自然の波音なのだけど、いまだに一つのアルバムとして現役の音源としてある。

まったりと眠気を誘うものとはいえ、寝れないでいると、最後まで聴くことになる。最後のころになると、ウクレレの演奏が控えめに入るのでそろそろと分かるのだが、最後にブツっと切れた。何事?と思ったら、、

気づいた。

この場所の波の音は、今も続いているわけだ。なので、録音は、まさに人為的に切るしかない。

ジャマイカのとある海岸でまだ、サーフブレイクが継続中なのだから。

通常、人間の音楽は、それらしく終わりました!って終わるけれども、波音はこの世の終わりまで終わらない。

不自然に音が途切れたことで、永遠の切れ端を感じることができたってわけ。

 

 

 

 

アイルランド曲集その2 Bruach Na Carraige Báine/白い岩の岸辺

引き続き、youtobe からアイルランド伝統曲の演奏を拾ってみる。

とにかくこの曲は哀しいのだ。歌詞的にはラブソングなのだが、まず思い浮かぶのは波とか、雲とか、風の音のことばかり。

最初のご紹介コンテンツは、ご当地バンドのものだろう。みんないい表情をしている。会ったこともないのに懐かしい仲間?

白黒画像に、友達デジャブを感じる編集だ。

https://www.youtube.com/watch?v=bkOrm_2XYjo

次もホイッスル中心の演奏だが、より緩やかで、映像を交え神妙な気持ちになる。

それにしても、この風景写真は驚きだ。アイルランドでは珍しいオーロラまで記録されている。見事なアイルランドの自然の紹介でもある。

https://www.youtube.com/watch?v=B1F9ouN0jE0

次は、アイリッシュフルートの演奏。この人の演奏は正統派である。この楽器の伝統的な奏法もぜひ堪能していただきたい。

https://www.youtube.com/watch?v=jzaomOwi4vs

最後は、著名なバンド、Solasのもの。ゲール語の歌ではどうだろう。

ちなみに、solasとは、ゲール語で太陽のことである。

https://www.youtube.com/watch?v=1cCr_ktCpoo

歌詞の中で、Bruach na carraige Báine /ブラッハ ナ カリゲ バニャ お聴き取りできましたでしょうか?

CDのジャケット、タイトルもこの曲調にぴったりと思う。

と、共感していただいた方がいたら、とてもうれしい。

 

 

 

アイルランド曲集その1 Sally gardens を訪ねて

youtubeでSally gardens を集めてみた。

https://www.youtube.com/watch?v=0ODQnrgxzXU

スタンダードな歌と演奏。知らないバンドであるけれど、歌詞もわかりやすい。

https://www.youtube.com/watch?v=1qCMShuGFmM

アイルランドの子どもたちの歌と演奏。

アイルランドゲール語のバージョンと英語を交えた歌唱はとても精神性の厚みを感じる。

加えていえば、アイリッシュハープ2台。豪華である。

https://www.youtube.com/watch?v=d02dI9jBz3A

大御所、クラナドのパブのライブである。

正直、それほどでもないが、臨場感を皆さんに伝えてみたい。

歌っているのは、エンヤのお姉さん、モイラ ブレナン。

最後まで聞いてほしい、観客との唱和がある。

これがアイルランドなんだ。

ここは、アイルランドの最果てのパブ、レオズ・ターバーン。

街灯も何もない、真っ暗闇の田舎で、ポツンと灯った空間でのひと時。

貴方も訪ねてほしい。

でも、一言。歌とか、演奏とか期待されると思う。

心して!

怖がることはないよ。真心があれば。

これを受け入れてくれるのが、ここの住人なんだ。

 

Down by the sally Gardens/サリーガーデンズ の訳

恐れ多くも、

W.B.イェーツの詩を自分なりに訳してみました。

いかがでしょうか、

青春のぎこちなさ、この雰囲気が伝わると嬉しいです。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

Down by the sally gardens

サリーの木々の茂みを下り、僕は愛しい方と会った。

僕の心に残るもの、それは、サリーの木々を過ぎる雪のように白い、小さな足。

彼女は僕にはっきり言った、

愛することは、思い詰めることではないのよ、

木の枝に葉が茂るように、さわさわと満ちるものよ、

でも、僕は青くて愚かだった。

彼女の言葉は、僕の心に届かなかった。

 

川のほとりの野辺、僕たちは立ち尽くしていた。

僕が肩を寄せたら、まぶしいような白い手を添えてくれた。

彼女は言う、

生きることは、本当は、たやすいのよ、

川の堤の草は、苦も無く生い茂るのよ、

それでも、僕は青くて愚かだった。

だから今も涙が枯れ尽きない。

 

ラテン語の世界 その45 神の存在

小学校がコロナ休みになり、夏休み以上に宿題があったりする。

図工の宿題、困るな、これ。「神様の絵を描く」ってさ。

神様を視覚化することって、宗教によっては強いご法度だったりするのだけど、この小学校はムスリムの子いたっけ。

真面目にいくと、いろいろ問題がある。

娘が悩んでいるので、幾つか資料、それっぽいものを出したりする。

W.ブレイクのルシファー(闇落ち前)とか、踊るシバ神とか、、、

(娘)うーん、いっそのこと、抽象的なものにするとか。神様が人間みたいでなくてはいけないなんて変。

球形とか!

(私)発想はいいけど、今時それでいくと、「コロナ神」になりそうだな。鬼太郎のバックベアードだったりも。

(ついでに、太極図を見せたりする)

(娘)そもそも、神様って信じられないなー。

(私)じゃ、絵の下にこう、書いとけ。

Cogitamus ergo Deus est/私たちは考える、ゆえに、神あり。

、、、で現状、あれこれ複数となり、百鬼夜行みたいになってる、、。

 

UFOと精神医学について

朝のNHKニュースで、アメリカ国防総省のUFO動画公開が報道されていた。

これには驚いた。

と、同時に、NHKが、社会的な現実に深く関わっていることを改めて認識した。

怪しい民放企画ではこうはいかない。

とはいえ、地味に言葉の意味を考えてみると、「確認されていない飛行物体」というわけでは、「ですか、、、」で終わってしまう。あくまで意味的には、ね。

地球外から来たとか、宇宙人とか「未確認」を外れた意味付けがあるので大事(おおごと)なのである。

じゃ、どんな風に大事かといっても具体化はできないだろう。

思うんだけど、例外的に、精神科病棟などでは、大事になるかも知れないとは思った。

つまり、この手のニュースに触れることで、妄想が活性化する、賦活する、新しい展開が始まるようなケースもあるのではないだろうか。

「やっと落ちついてきたのにー、、」って嘆く医師がいるかも。おりしも、木の芽どきでもある。

中には、症状、症例と呼ぶには、けた違いの壮大かつ構造的なものもあろう。ついでに、もっともらしさも。

すれば、宗教の種にもなりえる。

特定の集団の中であっても、それなりにリアリティが共有されれば立派な宗教である。

既存の神様、仏様より「UFO」は科学的な粉飾をつけやすい点、有利ともいえる。

「神様、仏様、守護霊様、コックリさんのお告げを受けています。」

というより、

「地球外知的生命体からメッセージ(→カタカナ言葉を使うと効果的♡)を感知してます。」とかなんとか。

今時、後者の方がマーケティング上、利きそうだけれど、本来同質なんだよね。

疑似科学の多くは、宗教といってもよい、と思う。

最後に、

宗教の種、と先に述べたが、既存の教祖様たちが、こういった事象をどのように自身の教義に織り込むかも興味深い点である。

お手並み拝見だ。

 

 

 

 

 

 

はたらく細胞とドクターストーン(Dr.STONE)、そしてコロナで非常事態

すいませんが、この二つのアニメの基本的な説明は省いて、、、

僕の事務所だが、「赤血球さん」みたいな、配達員さんにはいつもお世話になっている。「ありがとうございます。お疲れさまです。」

ってハンコを押す。

はたらく人の大部分は社会の歯車なんだ。そういった大部分の人が、役割を担って、だいたい決まり切った仕事をして世の中まわっていく。

この異常な状況の中、この当たり前さが、大切なんだと思う。

最前線たる医療現場も、検査にせよ集中治療室の運営にせよ所定の仕方で役割を全うすることには変わりない。

「はたらく細胞」の描く世界は、こういったものだ。なんと!キャラクターに固有名のないアニメでもある。

その世界とは、つまり人体なのだけれど、命の危機を描いた場面もある。

つまり、世界の崩壊の危機。

でも結局、とんでもなく困難な状況であっても、「赤血球さん」の仕事は同じ。

「私は最後まで酸素を運ぶよ。これが私の仕事だから」。

このシーンは心に残る。

一方、このコロナ禍に名乗りを上げるとしたら、「科学者」だろう。たとえばワクチンを開発する人の類。

たしかに!千空君も必要だ。

それにしても、「ドクターストーン」のキャラの濃さ。科学嫌いとはいえ司君も同様に、スゴイ自分を演出する自己愛キャラの多様性では特に際立っていると思う。

その点がとっても対照的なんだよ(と、スイカ調)。

みなさんはどうだろう。アニメの楽しみ方、見どころは別として、人のできないことをド派手にこなすこと、与えられた地味なことでも自分なりに全うすること、どちらの生き方がお好きだろう。

 

 

 

 

 

 

サリーの花咲く庭、sally gardenに関して

Down by the sally Garden、のサリーのことについて書いてみる。

Sally  

 

この歌のイメージを理解するうえで、サリーがなんだかわからなくては始まらない。サリーさんって人?いや、女性の名前ではなくて、柳なのだ。

柳とはいえ、あの幽霊の出そうなシダレヤナギではなくて、コウリヤナギの類。

こうりは、行李、すなわち木の枝で作った容器のこと。柳はしなやかで長い枝なので、編むのに好都合なのだ。

日本でも民具として行李があるが、かつてのアイルランドでもそうだった。

また、水辺の樹木でもある。

なので、洋風庭園のバラのような鑑賞用の樹ではなく、水辺にあって、かつ庶民生活に密接な樹ということ。

とはいえ、素朴なりに花も咲く。

この写真は、サリーの雄花だ。うちの庭のものを撮ってみた。でも、アイルランドで、わざわざこの樹で造園する文化があったとは思えない。

この歌の題名、確かに”garden”とあるけれど、野辺とか川辺の開けた場所と考えればよいのでは。

ゲール語の題名では、”Gort na Sailleàn”/サリーの野 となっている。

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